午後のHRが終わってすぐに山口くんが話しかけてきた。
「ごめんね、偶然だったんだ。……でも、俺ツッキー応援してたし、なんか嬉しかった」
山口くんは申し訳なさそうな顔をして、でも嬉しそうに笑った。薄く染まった頬をかきながら笑う山口くんはふにゃっと笑って「ツッキーには内緒ね」と小さな声で言う。
「ツッキーね、真正面から素直に好きって言われたのびっくりしたと思う。ずっと名字に気付かれないように頑張ってたけどね」
いつもよりずっと、嬉しそうで恥ずかしそうな顔してたよ。
山口くんはまるで自分のことのように嬉しそうにそう言った。
本当だろうか。
私が彼を見た時は、いつも以上に無表情だった。……でも、そうか。いつも以上に無表情なのはすこし変かもしれない。月島くんは教室で大声で笑ったり怒ったりすることはない(部活ではいろんな月島くんが見れるんだろうなぁと思うと少し寂しい)。それでも、入学したばかりの頃に比べたら、だいぶ教室内で笑顔が増えた気がする。怒ったような顔も不機嫌な顔も、照れた顔もずっと増えた。だから、そう考えると今日の月島くんは少し変、なのだ。
入学したばかりの四月ならいざ知らず、今の私なら気付くべきであった。
山口くんの言葉を聞いて、月島くんにもう一度ちゃんと好きだと言いたくなった。今度は彼の目を見て、突飛もなく告白するんでなく、ちゃんと心の準備をして、何があっても逃げないで月島くんに付き合ってほしいと言いたい。
長く彼は私を見てくれていたようだから、今度は私が彼を見ていきたいのだ。
月島くんに大きな声で「ツッキー、用事があるから先に行くね」と言った山口くんは、もう一度私の方を向いてにこりと笑う。「じゃあね」と私に手を振って彼は教室を出ていった。
鞄を持って教室を出る。教室を出て少ししたところで立ち止まり、深呼吸をする。
月島くんが出てきたら彼に声をかけて、話があることを伝えよう。朝のことを思い出して頬に熱を持ったのに気付いたけれど構わずに心の準備をする。
心臓がうるさい。胸が苦しくて、それでもその胸の苦しさすら嬉しいと感じる。あぁ、私は本当に月島くんに恋をしているんだなって、そう思えるからだ。この苦しさは本物で、この月島くんへの気持ちは嘘なんかじゃないって。
足音がして顔を上げる。廊下の窓が開いていて、気持ちの良い風が吹いている。まるで、その風が背中を押してくれているようで。
「月島くん。部活の前で申し訳ないんだけど少しいいかな」
月島くんは少し目を見開いた後、小さく頷いた。
まだ少し賑やかな廊下を何も話さずに歩く。
上履きで廊下を歩くパタパタという音と、制服が擦れた時の音。今はまだ空が明るいけれど、月島くんと帰った月の綺麗な日のことを思い出す。
どこに行くかは言わなかった。けれどもたぶん伝わっているのだろうという、よくわからない自信があった。迷いもなく私と彼の足はその場所へと進む。隣から月島くんの優しい匂いがする。
あの日、初めて彼の気持ちを聞いた人通りの少ない廊下へ着くと月島くんは足を止めた。振り返りながら一つ息を吐いて顔をあげ、月島くんの顔を見る。困ったような顔をした月島くんを見て少しだけほっとした。
「好きです」
静かな廊下で私の声が響いた。
20150216
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