月島くんは少し屈み、彼自身が日誌に書いた月島蛍という字をなぞった。
「……ずっと待ってるって言ったけどさ、やっぱり無理だ」
月島くんは日誌の上に乗せていた私の手に触れ、次に私の指を撫でていった。
大きな手が自分の手をゆっくりと撫でるその動作を見て心臓がどくんと音をたてる。自分の腕が石になったかのように少しも動かすことができなかった。けど、本当は、本当は動かしたくないと思っているのかもしれない。動かさなくてもいいと思っているのかもしれない。心臓が高鳴って思わず下唇を噛む。顔がびっくりするほど熱い。
「ねぇ、僕のこと好きになって」
私が何も答えることができずにいると、月島くんは席を離れ教室から出ていってしまった。
どくんどくんと、心臓がうるさい。
「名前、教室移動しよう」
「……あっ、うん。今用意する」
友人に声を掛けられて、ようやく私は魔法が解けたように腕を動かすことが出来るようになった。
廊下を友達と二人で横になって歩く。
「最近月島くんとよく話してるね」
彼女の顔を見ると、おもしろそうにニヤニヤした顔をしていた。
何もかも知ってますよみたいな顔をしている。彼女とそういう話をしたことはないから全部を知るはずもないのに、そんな表情をして笑っているのだ。
でも、きっと大半のことはわかっているのかもしれない。とても賢くて優しい人だから。
「付き合っちゃえばいいのに」
ぽつりと、からかいの感情が一切ない、ただひたすら優しい友人の声が聞えた。
最近、月島くんのことを考える時間が増えた。
月島くんといるとドキドキする。はらはらすることもある。心臓がもたないと思うことが多い。
月島くんと少しずつ話をするようになって、少しずつ月島くんを知っていった。
月島くんのことをもっと知りたいと思う。もっと話していろんな月島くんを知りたい。
失恋が決定して髪を切り、月島くんに声を掛けられたあの日以降、急に彼の存在が大きくなった。中学からの知り合いで、クラスメイトだった月島くんが、今は多分、自分の中でそれだけの男の子ではなくなっていることに気付く。
数ヶ月前まで先輩のことが世界で一番好きで、自分は永遠に先輩のことが好きだと思っていた。
中学の頃からずっと先輩が好きだった。先輩一筋で、他の人なんか興味もなかった。だから先輩に向ける感情は実るものだと思っていた。そうなるべきだと、そうでなかったらおかしいとすら思っていた。だから、月島くんに抱くこの感情を認めたらいけない気もした。好きな人ができるのが、はやい気がした。先輩のことはもう好きではなくて、憧れだってちゃんと理解できているのに。
月島くんのことを前よりずっと考えるようになったのも、近くにいるとドキドキするのも、理由は一つしかないじゃないかって気付いていた。
私は、月島くんのことが好きなのだ。
20150112
20200103 再修正