完結
 月島蛍くん。
 彼とは、中学と高校が同じである。
 中学の頃は一度もクラスが一緒にならなかったけれど、委員会が一年だけ一緒だったことがある。
 委員会で何度か会話をしたけれど、その時に一度、彼の名前について触れたことがあった。私は彼の名前を「ほたる」だと勘違いしていたのだ。彼はよく間違えられると言っていたから、私が話したことなんて忘れているかもしれない。きっと、よくあるやりとりだったに違いないのだから。

 最近、月島くんのことをよく考える。それは、彼に好きだと言われたからだろうか。なんだかそう考えると、とても調子がいいような気もしてなんだか少し自分がイヤになる。けれども恋愛とかなんだか関係なく、やはり今の私にはとても月島蛍くんという存在は大きくて、気になるものだった。


 月島くんは、字も綺麗だ。
 日直の仕事で日誌を書いていた私は、参考にするために過去のページを読むことにした。その際に見つけたのが数日前に日直だった月島くんの字。
 月島くんの字は、角がきっちりしていて見るからに男の子の字とわかるものだけど、雑じゃなくてちゃんと丁寧に字を書いている印象を受ける。丁寧な印象を受ける月島くんの字が私は好きだなぁなんて思いながら細かく読んでいると、ノートに影がうつる。あれ、と思っているとすぐに「ねぇ」と声がふってきた。びっくりしてノートから顔をあげると、月島くんが不機嫌そうな顔をして私を見下ろしている。

「な、なあに月島くん」
「何で人が書いたページそんなじろじろ見てるの」
「あぁ、今まで書いてた人の参考にしてたの」

 そう言うと、疑問が晴れたのか月島くんは「へぇ」と言いながら私の前の席に座った。黒板に背を向け、椅子をまたいで私が書いている日誌を覗き込む。見られながら書くのはもともと苦手で、字がそれまで書いていたものよりもずっと薄くて頼りないものになっていくのに気付いて一端手を止める。

「月島くん、見られると上手く書けないよ」
「別にいいでしょ。ほらっ、いいから続き書きなよ」

 とても寒い日にシャーペンで文字を書いているような、うまく手が動かないような感覚に困り果てる。

「君の字、ちゃんと見たの初めてかもしれない。お手本のような綺麗さはないけれど……僕は君の字が好きだよ」
「あ、ありがとう。でもね、私もさっき月島くんの字を見て、好きだなって思ったよ」

 日誌を最後まで書き終えてシャーペンをしまうと月島くんは立ちあがった。

「好きなのは字だけ?」

 少しだけ意地悪な顔をして月島くんがそう言ってきた。にやりと笑ってからかっている時の顔をしている。あぁ、ずるいなって思ってしまった。

「月島くんのこともね、前よりずっと好きだなって思うよ」

 教室の窓を開けていたため、カーテンがふわっとスカートのように舞って教室の中に風が入ってきた。お昼休みの教室は次が移動教室のためか普段よりも人が少ない。急な風に「きゃっ」と、小さな悲鳴をあげたのは窓の近くの席に座っていた友達だった。
 パラパラとゆっくり日誌の紙がめくれる。「月島蛍」という名前が見えた。私はそのページをもう一度開き、彼の名前をなぞる。

「月島くんの名前って、とっても素敵だね」
「うん、前にも言われた」
「私、月島くんって案外情熱的じゃないかなって思うんだ」
「……」
「私ね、月島くんの名前がとても好きなの。それで、月島くんともっと仲良くなりたいなって思ってるの。だから、だからその、蛍くんって呼んではだめですか?」

 数秒の間が、とても長く感じた。

「……そういうことされると、困る」
「……そ、そうだよね。ごめんね急に馴れ馴れしいよね」
「違う。そういうことされると、勘違いしたくなる。君が僕を好きになるかもしれないって、このまま待ってれば君が、好きになってくれるかもって」

20150105
20200103 再修正

- ナノ -