完結
 何か食べている時のおしゃべりって、結構弾むと思う。友達とお弁当を食べている時、カフェでお茶をしている時、ケーキを食べている時、家族で夕飯を食べている時……は、うるさくし過ぎるとさすがに怒られる時があるけれど、やっぱり食事中は私にとって楽しく会話をする時間となっていた。
 そういうのは、私だけに限らない。
 教室でお弁当を食べているとつい盛り上がって案外声が大きくなることがある。そうなると別に聞き耳を立てなくても会話の内容がはっきり聞こえてしまうのだ。

「ねぇ、あのドラマみた? 昨日出てた眼鏡かけてた人、少し月島くんっぽくなかった?」

 そんな一言が突然聞えてきた。
 近くの席でお昼を取っていた子たちの会話の一部で、特別大きな声でクラスメイトが話していたわけではないけれど、テンションの上がった様子でドラマの感想を語っているらしかった。
 玉子焼きを口に入れながら次の授業の小テストで出る単語を見ている私には関係ないものだと心の中で言い聞かせるも、ちっとも単語が頭に入らない。

 そういえば彼女が話しているドラマはあれかなと、昨日見ていたドラマを思い出す。
 確かに、眼鏡をかけた長身の俳優さんがヒロインに告白紛いのセリフを言っていた。その人は月島くんと違って髪の色も黒かったけれど、落ち着いていて眼鏡をくいっと上げる仕草も顔の雰囲気も確かに月島くんと似ていたような気もする。
 けど、ドラマを最後まで見たら性格は月島くんとだいぶ違っていた。まぁ彼女にとってはそこが重要ではないんだろう。外見について話しているようだし。

「ちょっと、名前。授業始まるまであと少ししかないんだから、まずお弁当しまいなよ」
「はぁい」


 英語の小テストはあまり良い点数とは言えなかった。昨日もっとちゃんとやってればよかったと思ってももう遅い。ドラマを最後まで見ちゃった私が悪いのだ。
 授業が終わり、今日は部活もないしはやく帰ろうと仕度をしていると山口くんが声をかけてきた。

「名字、ちょっといい?」

 帰り支度を一端止めて教室を出る。廊下で山口くんは周りをきょろきょろ見てから照れくさそうに笑って、小さな声で私に話しかける。

「ツッキーと、なんかあった?」

 月島くんよりは背が低いけど、それでも十分私からしてみれば背の高い男い山口くんは少し屈んで私にそう言った。その声はとても優しくて、でもやはり私たちに興味があるような雰囲気があった。まぁ月島くんの話だもんね、と納得をする。
 当たり前だけど、私に話しかける山口くんの声が、月島くんのものとは異なる声質のものだと実感する。山口くんの声の調子が、今の格好と相まってなんだか幼い子どものように思えた。山口くんは高校生で、しかも自分よりも背の高い男の子なのだけれど可愛いと思った。
 けれど、彼が言った言葉の内容は可愛いと呼べるものではなかった。びっくりして山口くんが内緒話という形で話しかけているのに、大きな声で「えっ!?」と声を上げてしまった。

「なっ、どういう意味?」
「そのまんまだよ。ツッキーと名字のことだからあまり聞くのもなって思ってるよ。うん、というか本音は別に答えてくれなくてもいいんだ。……けど、これからはちゃんとツッキーのこと見てあげてねって言いたくて。ただの同級生でもクラスメイトの一人でもなく、ちゃんと月島蛍っていう男の子を見てよ」

 山口くんはどこまで知っているんだろう。さっきまで子どものように見えた山口くんが、今度は何歳も年上の大人のように思えた。

「私、月島くんのこともっと知りたいって今思ってるんだよ」

 少し恥ずかしくも山口くんにそんなことを伝えると、とても嬉しそうに優しく笑った。


 一人で下校する帰り道。道中私はずっと月島くんのことを考えていた。
 昼のクラスメイトの会話を思い出す。確かにあの俳優さんの容姿は月島くんと似ている気もするけれど、トータルで考えれば全然違う。
 月島くんは、意地悪なことも言うし冷たいと感じる態度を取ることもあるけれど、なんだかんだ優しいし、頼りになる。そして彼は案外、彼の名前が表すような情熱的な人だったりすると私は思うのだ。

20141208
20200103 再修正

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