完結
 掃除のゴミ出しをして教室に帰る途中、先輩とその彼女さんが幸せそうに下校していくのを見かける。私は最近、その二人を見ると気持ちがほっこりするようになった。二人がこれからも良い関係であればいいと思うようになったし、先輩の隣を歩く彼女さんが私なんかよりもずっと先輩とお似合いだと思うからだ。
 少し前まではきゅっと胸のあたりが痛くなったりもしたけれど、最近はそういうことも無くなった。

「あれ、もうそんな顔するようになったんだ」

 下駄箱を通り過ぎる際、月島くんが少しだけ驚いた顔をしてそう話しかけてきた。

「私、先輩たちがこれからも上手くいけばいいなって思えるようになったんだよ」
「へぇ、君はそういうところに落ち着いたんだ」

 最近は月島くんとよく会話をするようになった。そうすると、前まで気付かなかった事を沢山知れたような気がする。
 月島くんは案外わかりやすくて、怒りやすい。そして思っていたよりもずっと優しい。いじわるなところは確かにあるけれど、中学生の時よりもずっと月島くんを年相応に感じるようになった。

「それよりもさ、どうして月島くんは、その……私が先輩のこと好きだったの気付いたの?」
「あぁ、そういえば教えてあげるって言ったっけ」

 月島くんはわどさらしくため息をついて肩をすくめる。そして、眼鏡をくいっと上げて私を見下ろした。その姿はとても様になっていた。特殊な性癖を持っている人が今の月島くんの姿を見たら、喜ぶというか……嬉しいのかなぁと思うような、そんな顔をしている。私は見下ろされると今でもちょっと怖いと思ってしまう。けど気のせいだろうか、一瞬だけ月島くんの瞳が揺らいだ気がした。

「本当にその理由がわからないなら――」

 そう言って月島くんは一歩私に近付いて、屈んで顔を近付けてきた。
 月島くんは時々こうやって急に距離を縮めてくる。こうされるといつもどきっとする。月島くんの呼吸音が聞えたり、優しい匂いがするのだ。女の子の友達とすらこんな距離で話すことはない。
 こんな風に近い距離になるのはどうしてって聞かなければいけないんじゃないかって思ったけれど、それを口にするともっと自分が意識してしまう気がした。言ってしまうと何かが変わってしまうような気がして、いつも言えない。とてもおかしな気持ちになる。

「君があの人を見ていた時間と同じくらい、僕は君を見ていたよ。でも君があの人を見てそんな顔をするようになったんなら、今度は僕を見てくれてもいいんじゃない」

 まるで、好きな子を見ているような優しくて熱い目をしている月島くんがそこにいた。鼻がくっつきそうなくらい近くに月島くんの顔がある。
 いつもみたいな意地悪な月島くんも、時々見せる怖い表情をした月島くんもそこにはいなかった。


「ツッキー」

 パタパタと、音をたてて月島くんを探している山口くんの声が聞えてきた。山口くんの声が聞えた時、びくりと体が反応して月島くんに笑われた。その時の月島くんは、さっきの優しい月島くんの顔ではなく、意地悪な月島くんの顔をしていた。彼はゆっくりと私から距離を取って「悪いことしてるみたいだったね」と笑った。

 少しうす暗くて人通りの少ない廊下だったとしても、よく人に見つからなかったなと思った。もしも誰かに見つかっていたら、なんて言えばいいのだろう。明らかに普通の距離ではなかったのだ。

「じゃあね、はやく教室に戻ってゴミ捨てしたこと報告してきなよ」

 ツッキーと月島くんを呼ぶ山口くんの声がまた聞えた。
 それを聞いた月島くんがなんでもないような顔をして去っていこうとするから、私はまたいつかのように勢いのまま彼の腕を掴んでしまう。

「つ、月島くんは、わ、私を――」
「そうだよ、ずっと君が好きだったよ」

20141101
20200102 再修正

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