完結
 おかしな夢を見た。

 僕は学校の教室で好きな子をひたすら待っていた。
 太陽が昇っては沈み、星が輝き、月や雲が移動していくのをひたすら見ていた。
 教室にクラスメイトが出入りするの見ていた。椅子に座っているのは、僕一人。

「彼女は下駄箱にいたよ」
「名前が職員室の前にいた」
「グラウンドで見た気がする」

 何故か彼らは僕に向かって特定の少女――僕が待っている女子生徒の居場所を知らせていく。それが夢だと気付いて以降、それらの言葉には反応する必要がないと判断して無視をすることにした。意識しないで、それらの言葉を音楽だと考えるようにして受け流し、ただ無心に窓の向こうの景色を見ていた。

「ツッキー。名字がさっき図書室にいたよ」

 雲が流れ、月が綺麗に輝きだした時、ゆっくりとドアを開けた山口がまるで子どもを諭すような優しい声でそう言った。窓の向こうに向けていた視線を移すと、山口がもう一度同じ言葉を繰り返した。図書室という言葉にぴくりと身体が反応する。図書室に行かなければいけないと思った。
 そう思った瞬間、教室にいたはずの僕は図書室にいた。
 今までしなかった本の香りが一瞬したような気がした。

 目の前には頼りない背中があり、それはまさしく僕がずっと待っていた女の子のものだった。

「好きです」

 その言葉はひどく甘い音のように思えた。
 ただ、その音が自分に向けられているものではないということを僕は十分知っているから、彼女が目の前にいる男子生徒からふられればいいと思った。夢だとしても実るべきではないと願った。僕の夢なのだから、そう願ったっていいはずだ。

 中学の頃から彼女を見ていた。彼女に好きな人がいるということも知っていた。
 彼女のことが好きだった。僕の名前が綺麗だと言ったことなんて、きっと彼女は忘れているだろう。僕の名前が情熱的だと言ったことなんて、きっと彼女は忘れている。彼女はあの人しか見ていなくて、あの人にひたすら恋をしていたのだから。



「『月が綺麗ですね』とか『鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』とか……なんだか月島くんの名前ってとても情熱的な感じがする」
「蛍って漢字で書くけどさ、けいって読むんだけど」
「あっ、そうなんだ。ごめんね。でもやっぱり、すごく素敵な名前だよ」
「僕とは正反対な名前だと思うけど」
「月島くんも実は、すっごく情熱的なんじゃないかな」
「そんなわけないでしょ。馬鹿じゃないの」

 彼女が言った通りではないけれど、僕は彼女に気付かれないように、誰にも気付かれないように、静かに恋をしてきたかもしれない。けど、気付かれずにこのままただ身を焦がすだけなら、意味なんてないんじゃないかと最近思うようになった。

 僕も君も、叶わない恋をしている。

20141010
20200102 再修正

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