完結
 学園長先生からのお使いのため、学園を出発してどのくらい経っただろうか。会話らしい会話がなく、私は焦っていた。こんなことは今までになかった。

「仙蔵。お使いはやく終わるといいね」
「ああ」

「仙蔵、はやく終わったらさっきあったお店でお団子を食べようよ」
「……いや、帰って学園長先生に使いが終わったことを伝えるべきだ」

「仙蔵」
「……」

 例えどんなに喧嘩をしても、こんなにも気まずくなることはなかったのだ。どうしてこんなことになってしまったのかがわからない。こんなにもなる原因はさっきの髪の件が原因なのだろうけど、それにしてもこの反応は仙蔵にしたら異常ではないだろうか。
 今まで、喧嘩で私が悪かったなら時間はかかってしまうが私から謝った。そういう場合、仙蔵は私が謝るのを待っていてくれたし、謝ればまた自然と会話をすることができた。仙蔵が苛々して喧嘩になった際は、その日のうちに仙蔵がお菓子と共に謝罪しにくる。

 そもそも、最近の仙蔵がおかしかったのだ。避けられることが多かったし、私に対してだけは特別厳しくなっていた。最初はどうしてだろうと思った。何か意味があるのかと思った。

 隣の仙蔵は今は私と会話をしたくないらしい。
 もうこの空気については考えることはよそう。そう決め、私たちがいつからこんな状態になったのかを考えてみた。いろいろと考えていて、少しだけわかったような気がした。
 仙蔵が私を避けだしたのは、仙蔵が私の事を好きだと知り、そして私自身も彼が好きだと理解した辺りからだったような気がする。
 もしそれが正しかったら、避けられだしてからの仙蔵の対応はどう意味を含んでいるだろうか。


 荷物の届け先は私たちがまだ学園に入って間もない時に頼まれた届け先と一緒だった。数年前と同じように小さな包みを渡すと、あの時は大きく少し怖そうな人だと思っていた学園長先生のご友人が私たちよりも背が低くなっており、差し出されたしわしわの細い手は実家にいる祖父を思い起こさせた。私たちの事を覚えていると言ったその方は、大きくなったねと嬉しそうに笑った。

 お使いの帰り道、学園長先生のご友人だけが変わったのではなく、私たちも変わったのだと歩きながら思った。いつの間にか私たちは最上級生になってしまったのだ。

「仙蔵、やっぱり私は、仙蔵に髪を整えてもらいたいんだ」
「……そうか」

 変わったものは仕方ないと思った。壊れたものを壊れる前と全く同じのものにするのは出来ない。変化したなら、変化を受け入れなければいけないのだ。
 私が、仙蔵は私のことが好きで、私も彼のことが好きなことを理解しているように、仙蔵も私が彼を好きだと気付いたことはとっくに知っているのだろう。だから、私を避けだしたのではないだろうか。

 幼なじみの私たちにとって、友人としての「好き」と、家族としての「好き」とは違う恋情の「好き」はひどく恥ずかしく、照れくさいものだ。
 仙蔵といると、子どもの頃の時のような気持ちに戻る。今、子どもの頃と同じように接しても、大人になりつつある私たちの心と身体はあの頃と同じようにはいかない。今の私には色っぽい感情は生まれていないが、彼はどうだろう。ふとした時、彼は今までに一度も感じたことのない大人になった感情を持ったことがあるのかもしれない。


 今日中にお使いが終わると考えていたから少しのんびりしすぎたのかもしれない。暗くなり始めた空に一番星が輝いていた。風が頬を撫でて草木を揺らす。
 ごちゃごちゃとしてわからなかったものが一つの結論に結び付いたような気がして、私はすっきりしていた。とても気持ちがよかった。

「私も、名前と同じだ。この髪はお前に触ってほしいし、名前の髪を、他の男が触るのは、嫌だな」

 とても久しぶりに、仙蔵は私を私の名前でよんだ。

20140910
20160928 再修正

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