学園長先生に届け物を無事に届けたことを報告した時には既に月が優しい光が学園を照らしていた。仙蔵と別れ、自室へ入ろうとしたその時、風と共に私の名を呼ぶ声がした。
「名字先輩」
振り向くと小さな後輩がいた。逆光の中、顔を確認すればそれはいつかの仙蔵に告白していた子であった。
彼女との話を終え自室に入る。
結んでいた髪を解き、髪に触る。むしょうに、仙蔵に髪を撫でられてこの髪が好きだと言ってほしかった。
○
「仙蔵、髪お願いしてもいい?」
「ああ」
あのお使いから数日経ったある日の放課後。私は彼に声をかけた。あの日から仙蔵は、以前のような違和感のある態度を取らなくなった。避けたりせず、私の目を見て優しく笑うのだ。
ちゃきちゃきと独特な音が聞こえる。私はこの音が好きだった。
仙蔵に髪を触られていると、あの日の夜のことを思い出した。後輩が話しかけてきたあの時のことだ。
「私、名字先輩が好きな立花先輩が好きでした。そして名字先輩が立花先輩を好きだから、立花先輩に憧れていたんです」
頭を下げ、そう言った彼女の言葉が耳に届いた時、なんだか気持ちがすっきりしたことを覚えている。とても不思議な感覚だった。身体についていた何かが取れたような感覚。少しの間、彼女と会話をした。彼女はとても、強くて優しい子であった。
その日から、月がそれまで以上に綺麗に見えた。
「名前の髪は綺麗だな」
「仙蔵ほどじゃないよ」
また、仙蔵とこうして自然と会話出来ていることが嬉しくて思わず笑ってしまう。
ああ、仙蔵が好きだ。好きで好きで、この気持ちを伝えてしまいたい。しかしそれはやはり、勿体ない気もする。私はまだ彼に負けたくないし、そしてこの曖昧なおさななじみという関係でいたいという気持ちもあった。
いつか、この関係も変わる。少し前の私たちがそうであったように、そして今の私たちがまたそれまでの私たちとは違うように。それがいつかはわからないが、変化したとしても、きっと私の隣には彼がいるのだろうし彼の隣には私がいるはずだ。そういう自信だけは、強くある。
私はあれから、少しだけ変わった。仙蔵に優しく名前を呼ばれると、彼に触れたくなるようになった。私は着々と大人になっているのだろう。その色を含んだ気持ちが大きくなったら、どうなってしまうのだろうと思うあたり、まだ、私は子どもと大人の間をさまよっている。
「ずっとずっと、仙蔵に負けましたって言わせたかったんだよ」
「そんなの最初からわかってたさ」
「本当?」
「小さい頃から、ずっとお前を見ていたからな」
ああ、声色が優しくなった。顔は見えないが、きっと仙蔵は笑っているだろう。女の私が羨むほど綺麗な顔で、優しく笑っているだろう。顔を見なくたってわかるのだ。だって私は、彼のおさななじみなのだから。
20140925
20160928 再修正