完結
 もしも、嘘つかれているとわかっていても、こんな特別重要なものでないのならさらっと流せたはずだ。それが嘘だとわかっていても、そうだねと言ってタカ丸くんにお願いできたはずなのだ。でも、相手が仙蔵だと私はそれが出来なくなる。つい自分を抑えることができなくなるのだ。

「なんで嘘つくの」
「嘘ではない」
「仙蔵の嘘つく時の癖、わかってるから言ってるの」
「私は、お互いのために言ったんだ。お前も女なのだからちゃんとした人間に髪を見てもらえ」

 そう言うと、またぴくりと眉を動かして食堂から出て行った。

「……結局、仙蔵は何しにここに来たんだろ」
「なんでだろうね。でも二人ともあんな風に言い合うんだね。ちょっと驚いたよ」

 タカ丸くんは普段とさほど表情は変わらないが、彼の目を見ていると彼にどうしたのと聞かれているような、話してごらんと言われているような気持ちになる。もしもタカ丸くんがこれを無意識にしていたらすごい。彼は忍者に向いていると思う。

「えっ……。そうかな。結構するんだよ。最近は仙蔵がそうなる前にいなくなっちゃうんだけど」
「ふーん、名前ちゃんは本当に好きなんだね」

 知ってたけど、改めて実感させられたよとにこにこと笑う。おばちゃんが今いなくて良かったねとタカ丸くんは少し困ったような顔をして言った。確かにそうだ。こんなところをおばちゃんに見られたら心配をかけてしまう。学園長先生に用があるからと仙蔵が来る少し前に行ったおばちゃんを思い出す。

「私、もっと普通に話したいんだけどなぁ」
「きっと、もう少ししたら出来るよ」

 お団子を食べながらタカ丸くんはまた笑った。
 仙蔵といると自然な自分になれる。先生といる時のような緊張感なんてないし、あまり親しくない人といる時のような無理して何かすべきだと感じることなんて全くない。でも、だからこそ自分が子供っぽくなるような気がする。ずっと隣りにいた時の、子供の時の感覚に戻ってしまう。仙蔵だけが、成長しているように感じる。年々その差が大きくなっているような気がして、寂しくていらいらして、ずるいと思うようになってきた。

「実はね、学園に入学する前は私の方が仙蔵より背が高くて、お姉ちゃんみたいに手をひいてたんだよ」
「へぇ、そうだったんだ。その時の二人、見てみたかったかも」
 だからこそ、この変化を実感するのだ。
 背が伸び、私より前を進む仙蔵は例え私の目を見ることはあっても、言葉を交わすことはあれど、手をひいて私を導くことはない。いつだって、私は彼の背中しか見せてもらえないのだ。


「はい、ただいま。二人とも留守番有難う。あっ、そうそう。名前ちゃん、学園長先生が呼んでたわよ」
 食堂に帰ってきたおばちゃんは私を見てそう言った。
 おばちゃんにお礼を言い、急いで学園長の元へ向かう。面倒なことにならないといいけど……。

   ○

 名前を名乗り、返事をもらい障子を開ける。ゆっくりと視線を上げるとそこには学園長先生だけではなく、仙蔵がいた。

「お前たちがまだ一年の頃、お使いを頼んだのを昨日思い出しての。懐かしくてまた頼んでみたくなったんじゃ」
 まるで孫にお使いを頼むかのように学園長先生は優しい声でそう言う。
「これを、頼むぞ」

 小さな包みと共に届け先を伝えられる。その届け先なら特別遠いこともなく、そして一人でも行けるものだった。

「私だけでも行けますが」
 仙蔵がそう言っても首を横に振り「もう決めたことじゃもん」と口を尖らせる学園長先生はまるで子どものようだった。しかしその大きなあつい手が頭にぽんと置かれ撫でられるとやはり自分の人生の何倍も生きていた重みを感じる。
 学園長先生は頑固だ。こうと決めたことは決して覆さない。誰がなんと言おうと、もうこれは決定事項なのだ。

「喧嘩するんじゃないぞ」

 もう既に、先ほど言い争いをしてしまいましたと言いそうになって、我慢して下唇を噛む。きっと仙蔵も、同じ顔をしているだろう。


「どうして、私たちなのかな」
「さぁ、いつもの気まぐれだろう」

 仕度出来次第、出掛けようと言い自室へ向かった。仙蔵とは一度も目が合わなかった。

20140828
20160928 再修正

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