完結
※原作31巻(No.298〜No.306)の話。続きます。





 三月の終わり、受付のお姉さんが事務所を辞めることになった。事務所がごたごたしている間にごめんなさい、と疲れた顔をしたお姉さんに言われた。聞けば、婚約者に心配され、お姉さん自身「ヒーロー」と距離を取った方が良いのではないかと判断したらしい。
 事実、ここ数日、事務所の人間だからというだけで白い目で見られることはあったし、マスコミからの粘着は日に日に増し、こちらを煽るような言葉を投げかけられたことも一度や二度ではなかった。世の中が混乱し、正常に回っていない状態の中でエンデヴァーさんと会うことも出来ず、何が正しく何が間違いなのかもわからずにいる中、お姉さんは話の終わりに「もう、ヒーローが悪く言われるのは聞きたくなかったの。けど、辞めたってその言葉が聞こえなくなるわけじゃないのにね」と泣きそうな顔で言った。


 疲れていても時間が経てば夜が明ける。
 こんな世界であっても、この時期の太陽は変わらず優しい光を照らしていた。それがむしろ、ひどく残酷なように思えた。
 体を起こしてカーテンを開けて、優しいその光を見ると時々無性に泣きたくなった。


 エンデヴァーさんを始めとするヒーロートップ3の記者会見はテレビでもネットでも大きな話題となり、未だに多くの場所で語られている。
 家族から心配されている中、私は毎日変わらず事務所に出勤していた。治安がぐっと悪くなった町を歩くと武装した一般人の姿を度々見かける。そんな人の中には、少し前まで気さくに話しかけてくれた人もいた。挨拶をして「名前ちゃん、元気?」なんて笑ってくれた人が、怖い顔をして町を歩いているのだ。
 事務所に向かう私を心配するように見る人も中にはいて、目が合うと慌てたように視線を彷徨わせて足早に去っていく。仕方がないことだと思いながら、その度に胸は苦しくなっていった。

   〇

 ヒーローは、果たしてこの世界に必要なのか。

 深夜、テレビでそんなことを熱心に話している番組があった。

   〇

 ホークスから貰ったキーケースを使って鍵を開ける。ただいまと言って扉を閉め、きちんと鍵を閉める。ひんやりとした暗い玄関でパンプスを脱ぎ、部屋へと進む。

「……」

 ここ最近、私は部屋の明かりを点けるよりも先にベランダを確認するようになった。クリスマス以来会うことも連絡を取り合うこともしていないのに、もしかしたらホークスが、なんて馬鹿げたことを考えてしまうのだ。
 去年の、弱ったホークスからの電話を思い出してベランダのカーテンをそっと開ける。

『頑張ったねーって褒めてもらいたいんだ』

 そんな言葉を電話口で言ったホークスのことを思い出すも、ベランダはいつもと変わらなかった。

 それもそうだ。ホークスが来るはずはない。
 記者会見を見るに、ホークスは弱ってなんかいないんだから。
 今のホークスに私は必要なく、むしろ私の方がホークスを必要としていた。不安定なこの世界の中で変わらずヒーローでいようとするホークスに救いを求めていた。たった一度でいい。名を呼んで頑張ってるねと褒めてもらえたら、私はきっとこの先も頑張れると――


 視界が奪われ、暗闇の中、どこを歩けばいいのかわからなくなったあの時のような夢を最近見る。そのためか、帰宅してベランダにホークスがいたらいいのにというありもしない「もしも」を夢見ていた。

20210825

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