完結
「名字さんは士傑出身……ですよね?」
「うん。そうだよ」
「雄英と士傑、どっちの方がかっこいいヒーローになれると思いますか?」

 暖房がしっかり効いた事務所のロビーの長椅子に隣同士で座る彼はこちらを窺うようにして言う。
 ランドセルにノートを仕舞い、一生懸命丁寧な言葉で話そうとする初々しい感じが若さを感じた。彼がちょっと恥ずかしそうに「かっこいいヒーローに」と口にしたのが微笑ましい。そういう年頃、ということだろうか。

「学校はあまり関係ないと思うなぁ。どちらの学校もかっこいいヒーローになった卒業生が沢山いるからね。かっこいいヒーローになるのに、学校は関係ないよ」
「……そうですよねぇ」

 力の抜けたような声を出して彼は足を投げ出す。ここでは他の人の目もあるからか、少し背伸びをした態度を取ることが多いけれど言動の端々で年相応なところが見える。

「名字さんが士傑だから士傑にも興味あるし、オールマイトも、エンデヴァーも雄英だもんなぁ」

 独り言のように「迷うなぁ」と言って口を尖らせる目の前の男の子は、去年の十二月にヴィランから助けた小学生である。
 お正月明けに彼とご両親とで事務所にやってきてお礼を言われて以降、彼は学校帰りに時々私を訪ねるようになった。同僚に聞いた話では、私が自宅療養している間にも一度、ご両親が事務所を訪れていたらしい。

「学校の授業で職業について調べることになったので、ヒーローとか、ヒーロー事務所で働く職員について教えてください」

 その言葉がきっかけで、私は時々、事務所を訪ねてくる彼の話を聞くようになった。
 職員たちの多くが、これもれっきとした仕事だと内線を受けてロビーへ下りていく私のことを応援するくらいだ。基本的にヒーロー事務所で働く人間は、ヒーローに憧れる子どもが大好きなのだ。

 彼の話を聞けば、いろんな職種を調べて発表する授業があるらしい。そういえば、私も小学生の時に職業について調べる授業があったなぁと思い出した。
 今日の彼の目的は、今日まで調べあげたことが正しいのかどうか確認すること。聞くに、発表は来週だというから大詰めである。
 話を聞いて補足した方が良いところを説明していけば、彼は満足そうにノートに書き込んでいった。それが終わると相談したいことがあると言われ、先の会話である。
 今日、彼はクラスの友達と話している時に「お姉ちゃんが雄英に受験する」という話を聞いたらしい。そこから自分だったらどこの高校に行きたいかという話になり、勝気な男の子が「俺は絶対雄英に行く」と手を挙げれば皆が楽しそうに賛同したのだという。

「俺は正直迷ってたから、その時は何も言えなかったです。前は絶対雄英って思ってたけど、最近は士傑もかっこいいなぁって思うようになって」
「うんうん、いいねぇ。高校が全てじゃないけど、今から考えていくことは良いことだと思うよ」

 そうかぁ、もう受験シーズンかぁと中学時代を勉強に捧げた過去を思い出す。
 今は彼も小学生だけれど、あっという間に受験生になっちゃうもんなぁと思っていると、彼は「そういえば」と首を傾げる。

「オールマイトもエンデヴァーも雄英だけど、No.2のホークスってどこの学校なんだろう……名字さんは聞いたことあります?」
「……あー、それは私も知らないなぁ」

 突然出たホークスという名に胸が一度大きく鳴り少し動揺するも、彼には気付かれなかったようだった。



 クリスマスから月日が経ち、年が明け、二月になった。
 梅の花が綺麗に咲く季節となったものの、ホークスにはまだ会うことが出来ていない。聞くところによれば、エンデヴァー事務所にインターンとしてやってきた雄英の三人の男子生徒(一人はエンデヴァーさんの息子である轟凍焦くん)は、偶然こちらに来ていたホークスに会っているらしい。
 事務所ですれ違った彼らがそんな話をしているのを聞いて、思わず声を掛けそうになったのは記憶に新しい。インターン初日に挨拶をしたとはいえ、関りの少ない事務職員に急に声を掛けられたら彼らも驚くに決まっている。変に反応せずに踏みとどまれたことは本当に良かったと思っている。

 ホークスに聞きたかったことも一緒に行きたかったお店も沢山あるけれど、それは未だ叶わないでいる。
 いつか、会えたら。
 いつか、話せたら。
 その時がきたら、まず一番に何をしよう。

 桜が咲いた季節にホークスと再会するのを夢見て、花火が上がる季節にホークスと再会する日を想像して、紅葉が映える季節にホークスと再会する時を思い浮かべて、雪が降る寒い日にホークスと再会する未来を描く。
 どの日も決して悪くないから、私はこの恋をきっと大切にすることが出来るはずだ。

20210222

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