十一月下旬、ヒーロービルボードチャートJPにて、エンデヴァーさんがNo.1ヒーローとなった。それと共に多くの人の想像通り、ホークスはNo.2ヒーローになった。
ホークスからのチームアップ願いによりエンデヴァーさんは福岡へ。そこへ偶然脳無が出現し、エンデヴァーさんは怪我を負いつつも勝利した。
それが、昨日のこと。
今日も朝から晩まで、ニュース番組を見ればエンデヴァーさんの勝利した瞬間の映像が流れている。新たなNo.1が云々と力強いアナウンサーの言葉の途中でテレビを消せば、部屋には冷蔵庫のモーター音が響くのみ。
ホットミルクを飲んでいると、スマホが鳴った。
着信だと気付いて画面を確認すれば、最近連絡がなかったホークスからだった。
出ても平気だろうかと、正直思ってしまう。
夜、ホークスと一緒に空を飛んだあの日から、ホークスとは連絡が取れていなかった。忙しいのかなぁと思っていたらビルボードチャートでのあの発言だし、エンデヴァーさんとの共闘だ。正直何を話せばいいのかわからなくなっている。
エンデヴァーさんの心配は勿論のこと、私はホークスのことも心配だった。ニュースを見れば、空を飛んだあの日に触れるような距離で見たホークスの自慢の羽がなくなっていたからだ。
ホークスがこっちに来る理由って、あの脳無と関係しているんだろうか。
引退したものの、事務所で働いていれば世間に出てはいない話もいろいろと伝わってくる。ホークスが調べたいことって、私が思っている以上に大変で、危険なことなんじゃないかと思うと余計に自分に時間を使わせてしまうのが申し訳ないと思うようになっていた。
ホークスから朝晩の挨拶がなくなって数日の間、時間が出来る度にホークスからメッセージが届いていないかスマホを確認していた。
何でもないような様子で「名前ちゃん、お疲れ様〜」なんてメッセージが送られてきているんじゃないかという希望は何度も打ち砕かれ、本当の彼女じゃないのに何やってるんだろうと思わされた。
ニュースを見る限りエンデヴァーさんのような怪我をしているわけじゃないようだからもう心配をするのは止めようと、そう決意したのが今朝のこと。そんなタイミングでホークスから電話があるのだから不思議なものだと小さく息を吐く。
「もしもし」
電話に出ることを決めてそう口にするも、スピーカーからは何も聞こえなかった。あれ、と思って「ホークス?」と呼びかければ『久しぶり、名前ちゃん』と、少し疲れたようなホークスの声が聞こえた。
「お疲れ様」
私がそう言えば『うん』と、ホークスの小さな声が聞こえてくる。
「怪我とか、平気?」
『うん』
「痛いところとかある?」
『ヒーローだから、慣れてるよ』
その返答を聞いて、先日ビルの屋上で寒いかどうか話をした時のことを思い出す。
ホークスの声にいつもの元気がない。へらへらとしたいつもの笑顔が想像出来ない声に、今のホークスが思っている以上に疲れていることを察する。
「ビルボードの話とかエンデヴァーさんとのチームアップの話は、聞かないよ」
そう言えば、ホークスはまた力なく笑った。優しいねとぼそりと呟いて。
「今は家にいるの? いつもより長く喋っても平気? 私明日休みだから、少し話そうよ。もしあまり話したくないなら、止めたいって言って」
『……話、したい』
うん、と返事をして少しだけ黙る。
少しだけ緊張してきて小さく息を吐いた。
ホークスが会話を広げてくれていたことは前からわかっていたけれど、今日ほど痛感したことはない。声を聞きたいと言われたのだから私から話をしなくちゃいけない。何を話そうと部屋を見渡せば、先日ホークスが渡してくれたお土産のお菓子を見つける。
「あのさ、この間はお土産、本当にありがとう。実家にもちゃんと送っといたんだけど、今日届いたみたいで喜んでた」
『そっか、良かった』
「私も食べたよ、ホークスとコラボした――パッケージにホークスのイラストが載ってるやつ。あれ、すごく可愛いね」
ホークスのコラボグッズは比較的お洒落なものが多いけれど、それはお土産のお菓子ということもあってか、パッケージはパステルカラーが使われていて可愛らしいものだった。
腰を上げてお菓子の箱を手に取り、デフォルトイラストのホークスを見て思わず「うん、可愛いな」と笑えば、ホークスは『あれ、味もいいよね』と小さく笑った。ホークスの小さな笑い声に気付いて嬉しくなって他のお土産の話もすれば、ホークスの調子も少しずつ戻っていくようだった。
『あのさ、名前ちゃん。その、ここ最近連絡出来なくてごめんね』
「気にしないで。無理な時はしなくていいんだよ」
『ちょっと忙しくてさ。でも、ずっと声聞きたかった』
その一言に、心臓が鳴る。
疲れて、ホークスは弱気になっているのかもしれない。エンデヴァーさんがあれだけの怪我を負ったのだから、ホークスは見た目の怪我こそひどくないものの疲労は大きいのだろう。
だからその言葉も、疲労故の言葉で、私が特別大切だからではないはずで。
『名前ちゃんに会いたいなーって思ったけど、今は無理なんだ。羽が生え揃ってなくて……』
「うん」
『いつもなら、なんてことない距離なのになぁ』
まるで好かれているかのような錯覚に陥る言葉に心臓は忙しなく音を立てる。
『けど、まぁ良かったのかも。多分、今名前ちゃんに会ったら、俺、情けないことしそうだから』
「ん?」
『頑張ったねーって褒めてもらいたいんだ』
「ホークスは頑張ったよ」
『偉い?』
「うん、偉いよ。ホークスは偉いなぁ」
『じゃあ次は……さすがホークスって、言って』
「さすがホークス、No.2は伊達じゃないね〜」
『くくくっ、名前ちゃん可愛いね』
ありがとうとホークスは言う。ちょっと元気出た、と。
『次会ったらさ、ぎゅって抱きしめてもいい?』
ホークスがそこまで弱っている理由はわからないけれど、今すぐ会って抱きしめてあげられたらいいのになぁと思うくらいには、私はいつの間にかホークスのことを好きになっていた。
彼の傍にいられない自分がもどかしくて、鼓動を速める心臓を押さえるように胸に手を当てながら今、福岡にいるホークスのことを想像する。
「私、明日休みだから、ホークスが会いたいって言ってくれたら今からチケット取るよ」
私がそう言ったら、ホークスはどう返してくるだろうか。
賭けのような言葉の後に少しの間があったものの、ホークスは「会わない」と言った。
『今会ったら、名前ちゃんの優しさを利用しちゃうから会わない。名前ちゃん、今の俺に何言われたって従うでしょ。ダメでしょ、それは』
羽が戻ってたとしても、会わなかったよ俺、とホークスは呟く。
「私が良いって言っても、ダメなの?」
『うん、ダメだよ』
「……」
『名前ちゃんは俺が住所教えたら、来てくれるでしょ。菓子折り持って、可愛い服着て』
何それ、と思った言葉は口に出していた。ホークスは『わかるでしょ』と一言だけ言って暫くの間黙ってしまう。
「私、ホークスの役に立ちたいよ」
『声聞けるだけで元気になるから、十分だよ。名前ちゃんだから出来ることだから』
そんなはずないのに、と思いながら会話を続けることにした。
「会いたいって思ったのは、本当?」
『今日話したこと、全部本音だよ。会いたい思うけど会わないし、当分会えないし、また、暫く連絡取れないと思う』
「うん」
『来月、少ししたらまた落ち着くと思うから、その時会えたらいいなぁ』
「うん」
『そしたらさ、その、また空飛ぼうよ。その、デートで』
「うん」
会ったら抱きしめた方がいいのか冗談めかして言えば『自分で言ったことだけど恥ずかしい』と言う。最初に比べてだいぶ元気が戻ったようで安心する。
お姫様抱っこをしておいて、何が恥ずかしいんだろうと思いながらホークスの声に耳を傾ければ、普段と少しだけ異なるテンポの心音に心地よさすら感じるようになった。
いつの間にか、好きになっていた。
仕事のためとはいえ、私に付き合って真面目に恋人ごっこをしてくれるような人だったからかもしれないし、一緒に空を飛んでくれた人だからかもしれない。
忙しいだろうにわざわざ時間を割いてくれて、家族の分までお土産を買ってくれる人を恋愛経験のない私が好きになるのは簡単なことだった。今思えば、ホークスと会った時点で私は、きっとホークスのことを好きになる運命だったのだ。
ヒーローだったのに、人を救いたいと願っていたのに、弱っているホークスを救えない自分が情けないなと思ってしまう。
通話を終えた後、ホークスの『おやすみ』という声を思い出して、ほんの少しだけ泣きそうになった。
20210113