「祐希くん、今日もお見舞いに行かないんでしょうか…?」


要、千鶴と病院へ向かいながら春が言った。



病室での一件以来、祐希が悠太を見舞うことはなくなった。
また感情が爆発してしまうのを恐れてなのか、他に理由があるのかはわからないが。


「さぁな。けど無理に連れて行く必要ねーんじゃねぇの?一番しんどいのって祐希だろ。
それより悠太に祐希のことを思い出させるのが先だ」
「でも…」
「悠太の記憶が戻ったら祐希だっていつも通りになるだろ。
いつだってアイツの一番は悠太なんだから」


千鶴は要の横顔を見つめた。
その声から感じたのはやるせなさと無力感。
何故こんなに近くにいるのに力になれないのか。
千鶴は黙って唇を噛んだ。




「ゆうたーん」
「みんな、今日もありがとう」
「いえいえ」
「なんか食うか?」
「あ、うん…ありがとう」


病室に着くと悠太は穏やかな笑みを浮かべた。
悠太に落ち込んだ気持ちが伝わらないように、3人は普段よりも明るく振る舞う。
そんな彼らを見て、悠太はおずおずと口を開いた。


「あの…今日も祐希来ないんだね…」
「え…?」


3人分の視線が悠太に集中する。
何故見つめられたのかわからず、悠太は身を固くした。


「今ゆうたんゆっきーのこと祐希って…」
「思い出したのか?」
「え、あ…いや…」
「そっか…」


悠太は全員の瞳に一瞬宿った期待の色と落胆の色を読み取った。
そして視線を落とし、ぽつりと呟いた。


「オレが祐希を苦しめてる…よね…」
「そんなこと…」
「ううん、何となく感じるんだ。彼が…祐希がどれだけ”悠太”を大事に思っていたのか…」
「……」
「だから、記憶の戻らないオレを見てると苦しいんだと思う。
今まで傍にいるのが当たり前だったオレがいきなり他人のようになってしまって…
オレもなるべく早く思い出したいけど、でも今は全然何も思い出せないんだよ…」


苦しそうな顔をした悠太に、3人は何も言えなかった。
自分も辛いのに、他人を気遣う。悠太の優しさに胸が痛くなった。


「ねぇ…オレにとって祐希は…みんなは、どんな存在だった…?」




重い沈黙を破ったのは春だった。


「悠太くんにとって祐希くんはとても大切な、かけがえのない弟です。間違いありません。
ボクたちをどう思っていたのかは悠太くん本人にしかわからないのではっきりと言うことはできませんけど、ボクらにとって悠太くんは…
悠太くんはいつもボクらを見守ってくれるお日さまみたいな存在です」


春の言葉に悠太は泣きそうな顔をして笑った。




「ゆうたんは…ずっとあのままなのかな…?」


帰り道。千鶴はぽつりと言った。
悠太が記憶をなくして1週間。
思い出す気配のない悠太に、もしかしたら記憶は戻らないのではないかと不安が募り始めていた。


「絶対、戻るだろ」


そんな千鶴に対し、要は強い断定で返した。


「何で…?」
「アイツがあのままなんて絶対ありえねぇ」


要の言葉は根拠があってのものではない。
それなのに、何故こんなにも頼もしく感じるのだろう、と夕陽に照らされた要の横顔を見ながら春は思った。


2013.01.07


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