よん3年生になったある日の帰り道、僕は一人で帰っていた。
「ふんふふーん」
その時流行りの歌を口ずさみながら歩いていると一人の男が僕に近づいてきた。
「お菓子あげよるからお兄さんと一緒に遊びに行かない?」
男は害の無さそう無さ顔で優しそうにニコニコ笑っている。
「やだ、帰って姉ちゃんと遊ぶんだ」
「姉ちゃんもいるよ?」
「え、」
おかしいな、姉ちゃんは僕と一緒に遊ぶ約束をしているから寄り道せずに帰るはずなのに。そんな疑問をすくい取ったのか男はニコニコと続ける。
「姉ちゃんが君を待ってるよ。」
「そうなの?」
男は笑って頷いた。いや、でも姉ちゃんがこんな見知らぬ男についていくとは考えにくい。
「知らない人に姉ちゃんがついていくわけないじゃん。」
「いいから来いよ!」
男は急に豹変した。ハンカチで僕の口を覆う。声がでない状態にされ近くの公園まで引きずり込まれる。無茶苦茶に抵抗したが力でかなうわけもなく、ランドセルが肩から落ちて中身が散らばる。近道をしようと人通りの少ない道を通ったのが悪かった。僕は公園の茂みで押し倒された。
......
4年生になった私は帰路を急いでいた。今日は早く授業が終わる予定だったので予め工くんと遊ぼうと約束していたのだ。(4年生と3年生の授業時間は違う)少しホームルームが長引いたので早く帰らなきゃと早足で歩く。普段は通らない近道を通る。
「?」
そこには誰かのランドセルが落ちており、中身が散らばっていた。不思議に思いつつ近づくと散らばった教科書やノートには“五色工”と下手くそな文字で書かていた。
「......っ!」
嫌な胸騒ぎがする。私は近くの公園に工くんがいないか探すことにした。(ここらへんで身を隠せそうなところはここしかない)すると遠くの茂みがガサガサ揺れている。目を凝らしてよく見てみると、そこには工くんに馬乗りになっている男がいた。
「!!」
私は近くに落ちていた空き缶を男の側頭部めがけて投げ飛ばした。缶は男の頭にクリーンヒットした。前世でピッチャーやっててよかったとその時初めて思った。男は当たりどころが悪かったのか横に倒れる。
「工くん!」
「ね、姉ちゃん!」
工くんに駆け寄る。
「工くん大丈夫!?」
「う゛んっ」
どうやら怪我はないようでホッとする。押し倒されて仰向けになっている工くんに手を貸そうとー......
「姉ちゃん後ろ!!」
「!?」
「ガキィ!!」
男が起き上がって私の左腕を叩く。私は横に吹っ飛ばされた。左腕に鋭い痛みが走る。
「姉ちゃん!!」
男は私に馬乗りになって胸ごと左手で地面に押さえつける。右手にナイフを持っている。男はそれを私の喉に向かって振り降ろそうとした。
「姉ちゃん!!!」
工くんが男の右手に食らいつく。しかしすぐに振り払われた。ああ、ナイフが工くんに当たってないといいけど。
「おい!何をやっている!」
「!?」
男は焦ったように振り返る。その視線の先には巡回していたのか警察がいた。男は慌てて逃げていった。
「君たち大丈夫!?」
警察が私たちの元にくる。工くんが号泣する。
「工くん怪我ない?大丈夫だった?」
「姉ちゃんの左腕がっ!左腕が......!」
「?」
そう言われて左腕を見ると白いシャツが真っ赤に染まっていた。なるほど、この鋭い痛みは斬り付けられたからか。警察は白いハンカチで私の腕を縛る。
「だいぶ傷が深い。とりあえずこれで止血したけど、病院に行こう。」
「姉ちゃん死んじゃう!死んじゃやだー!!」
工くんは私にしがみついて泣きじゃくった。
......
警察が僕を落ち着かせて姉ちゃんを病院に連れて行ってくれた。警察が母さんと父さんに電話をする。するとすぐに2人は駆けつけてくれた。
「工!大丈夫か!?」
「なまえは平気なの!?」
「今縫ってるところです。傷が深いですが、斬り付けられたところが左腕なので命に別状はありません」
警察がそう言うと両親はホッと息を吐いた。犯人はすでに応援の手によって捕まったという。しかしそんなことはどうでもよかった。姉ちゃんの腕に傷がついた。僕のせいで。
姉ちゃんの縫合が終わり、部屋から出てきた。お父さんとお母さんは姉ちゃんに抱きついた。
「なまえ大丈夫!?」
「うん、平気」
「無事でよかった......!」
僕は姉ちゃんに近づけずにいた。僕のせいで姉ちゃんは怪我した。僕があの男から逃げ切れて入れば姉ちゃんは怪我しなかった。罪悪感が僕を支配する。そんな様子の僕に気づいた姉ちゃんが僕に駆け寄ってきた。
「工くんのせいじゃないからね」
「......っ!」
涙がこぼれた。僕のせいだ。僕のせいで姉ちゃんは怪我したのに。嗚咽が漏れる。姉ちゃんは僕を抱きしめた。
「怖かったね、もう大丈夫だから」
姉ちゃんは僕の背中をトントンと優しく叩く。姉ちゃんの左腕には傷が残るそうだ。好きな女の子の腕に一生ものの傷を残してしまった。僕と姉ちゃんが兄弟じゃなかったら、責任を取れたのに。せめて姉ちゃんが幸せになるまでそばにいようって、そう決めたんだ。それは自分のためだと幼い僕にはわからなかった。
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