伏見猿比古と電脳少女 | ナノ



02  





猿比古くんと暮らして数ヶ月が経った。最初は“なんだこの無愛想な失礼なやつ”と思っていたが、しばらく暇つぶしに一緒に暮らしていると不摂生ばかりの生活が乱れまくっている少年と判明し、私が支えてやらねばと謎の使命感が湧いた。同い年だったらしく、それにしてもここまで偏食家も珍しいのではないか?と言うほどの偏食家だ。

「猿比古くん、ちゃんとした物を食べてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「うるせーな、お前は文句言うだけで済むかもしれねーけど、用意するの俺だろうが」

そう言いつつ猿比古くんはウィダーをすする。今朝も起きようとせずに学校をサボろうとしていたところをしつこくアラームを鳴らして無理やり起きさせた。

「しょうがないでしょ!プログラムなんですから!ほら、早い時間に起きて時間まだあるんですから朝ごはんくらい作れるでしょう?早く作ってください!」

私はブブッとタンマツを震わせ続ける。猿比古くんは煩わしそうに「起こしたのお前だろ」と言った。そしてタンマツの電源を切ろうとする。私は仕方がないので“とっておき”を使うことにした。

「猿比古くんの寝言ボイス、クラスメイトに送っちゃいますよ?」

ピタリとタンマツを消そうとする手が止まる。猿比古くんはワナワナと苦々しげに私をみた。私はニッコリと笑って見せた。

ある夜、猿比古くんが寝た後、私も寝ようと自分の体に戻るも寝付けず、猿比古くんのタンマツに戻った。やることもないので気まぐれに録音していた時にたまたま猿比古くんが寝言を言った。それを保存しているのである。もちろん、消されても困らないように自分のpcに持ち帰った。なぜこんなことをしたのかというと、彼は中々私の小言を聞いてくれない。それを無理やり聞かすために不本意ながら脅すという手段を取っているというわけだ。

猿比古くんはチッと舌打ちをして台所に向かう。私はその間に朝ごはんのレシピを探した。

「さあさあ!どれでもよりどりみどりですよ!どれがいいです?」

ブブッとタンマツを震わせてずらりとレシピを並べる。猿比古くんは私の言葉を無視してタンマツをポケットの中に入れフライパンに火をつけた。

「あ゛っ、また目玉焼きですね!」

「うるせー、楽だから良いんだよ」

見えなくても生活パターンで分かる。私が猿比古くんの元に来た当初は本当にゼリー飲料やアイスしか食べてなかったから進歩だ。冷蔵庫の中なんか何もなかった。

ジュワッと卵が焼ける音がする。しばらくするとお皿に目玉焼きを移す音が聞こえた。

猿比古くんは器用で大抵のことは教えれば(もとい検索をかければ)できるようだ。料理の腕など比べ物にならないだろう。(何せ私は使用人に作ってもらったご飯しか食べたことがない)

「せめて野菜つけてくださいよ!サニーレタスとか。この前買い置きしましたよね?」

「は?虫じゃねーんだから食うわけないだろ。」

「人間は野菜食べないとビタミン、ミネラル不足で病気になっちゃいますよ!ほら、早く用意してください!」

猿比古くんは舌打ちをしてサニーレタスを千切る。文句を言ったのはささやかな抵抗だろう。弱みを握られている状態で猿比古くんは私の言うことをきくしかないのだ。

それらがのったお皿を机に運び、ポケットからタンマツを机の上に移し、焼いていたトーストにかぶりつく。私はふふんと鼻を鳴らした。

「ウィダーより美味しいでしょう?」

「作ったの俺なのになんでお前が自慢げなんだよ」

猿比古くんはげんなりした顔で言った。トーストや目玉焼きをゆっくり咀嚼する。そしてお皿に残ったのはサニーレタスだ。

「食べなきゃダメですよ」

「......................。」

猿比古くんは無言でサニーレタスにマヨネーズを大量にかけ、つつく。これじゃあ野菜を食べてるのかマヨネーズを食べてるのかわかったもんじゃない。猿比古くんは半分ほど食べたところで席をたった。

「まだ残ってますよ!」

「勘弁しろ、もう無理」

心底嫌そうな顔をした猿比古くんはお皿を下げ、洗う。この一連の動作も私がしつこく言って覚えさせたものだ。しかし、残したとはいえ、半分食べたのは進歩だ。前は用意すらしてくれなかった。

身支度を終えた猿比古くんが家を出ようとする。

「ストップ!猿比古くん!“行ってきます”は?」

「あ?お前も学校ついてくるんだろうが、言う意味ねーよ」

「それでもちゃんと言ってください」

猿比古くんははっと冷笑した。

「家族ごっこなら他所でやれよ」

家族ごっこ、そうかもしれない。私は家族に飢えていた。たった数年、されど数年。家族の温もりというものを忘れてしまいそうな自分がいる。私はせいぜい笑って見せた。

「家族ごっこ!いいですね。なら私は猿比古くんのお姉さんってところですかね?」

「は?」

ポカンと口を開けた間抜けヅラを晒している。自分で言ったくせに、私がまともに返すとは思ってなかったようだ。猿比古くんは「なにいってんだおまえ」とひどく曖昧な発音で答えた。その様子はどこか儚げで、嬉しそうにも見えた。

この子は両親というものとはほとんど無縁に生きている。両親はいるにはいるらしいが、私はこの子の両親を見たことがない。それはたまたまかもしれないが、それでも猿比古くんの中で家族とは希薄なものなのだろう。そこにきて私の発言だったので、もしかしたら嬉しかったのかもしれない。そうだといいなと私はふふっと笑った。猿比古くんは「何笑ってるんだよ」とご立腹だった。

「さ、お姉さんに“行ってきます”ってちゃんと言ってください」

「言うわけねーだろ。バカか」

「寝言ボイスを...」

「分かったよ!」

猿比古くんは忌々しげに私を見る。私は目をパチパチとさせた。そんな様子にも腹を立てているのだろう。睨む目が更に鋭くなった。

「.........行ってきます」

ボソリと本当に小さな声で猿比古くんは言う。私は嬉しくなって、満面の笑みで笑った。

「行ってらっしゃいです!!」

猿比古くんは少しだけ頬を赤く染めた。“行ってきます”と言ったことが恥ずかしかったのかもしれない。それとも“行ってらっしゃい”と言われたことが嬉しかったのかもしれない。猿比古くんはイヤホンをつけ乱雑にタンマツをポケットの中に入れた。

「ちょっと猿比古くん!外見えないですよ!!」

いつもよりタンマツをポケットに入れるタイミングが早い。私はタンマツをブーっと振動させた。

猿比古くんが少し微笑んでいたことを私は知らなかった。


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