国見ちゃんのクラスメート | ナノ
〈夏合宿こない?〉
夜の8時、部屋で絵を描いていたらそんなラインが及川さんから送られてきた。(及川さんのラインは前の合宿のときにテキパキと交換させられた。女の子慣れしてるなあなんて思った)私は既読をつけて悩んだ。正直行きたい。後頭部にボールをぶつけられた時からどこか吹っ切れて練習を覗きに行くようになったが、国見くんに迷惑かけてはいけないと(なにせ毎回送ってくれるのだ)練習が終わる前に帰っているので国見くんとは喋れていない。じゃあラインや電話をすればいじゃないかと思うが、用もないのにそれをするのははばかわれた。今回、国見くんから合宿の誘いは来ていない。つまり人手は足りてるということだろう。そんな中に素人の私が行ったところで迷惑になるだけじゃないか?
〈迷惑じゃないですか?〉
〈どうして?むしろすごく助かるよ!監督とコーチの了承はとってあるから。国見ちゃんも喜ぶと思うな!〉
顔文字たっぷりのラインが送り返されてくる。“国見ちゃんも喜ぶとおもうな!”の部分にふわふわとした感情が生まれる。......私が合宿に来たら喜んでくれるかな。了承の返事を送ると及川さんはこれでもかというくらい感謝と喜びを表現したラインを送ってきた。
合宿当日の朝、集合場所に向かうと国見くんや他のバレー部にビックリされた。
「なんでみょうじがいんの?」
「夏合宿に参加しない?って及川さんに言われて.....。聞いてない?」
「うん」
そばにいた及川さんをバッと見ると及川さんはヘラリと笑った。
「国見ちゃんをビックリさせようと思って、ビックリした?」
「はあ」
国見くんは微妙な反応だ。及川さんはムーっとして「もっと面白い反応してよ!」とプンスコしながら岩泉さんのほうに歩いて行った。...もしかして迷惑だったかな。喜ぶって言ってくれたの及川さんの推測だし、国見くんは嫌なのかもしれない。
「ごめんね国見くん。迷惑だよね。まだ間に合うし帰るよ」
「え」
回れ右をして歩きだそうとする私の腕を国見くんは焦ったように掴む。
「ちょっとまって、なんで迷惑だと思ったの。むしろ助かるし」
「......迷惑そうな顔してたから」
国見くんは自分の言ったことを思い出すように目を左上に泳がせた。
「あっ、及川さんに対しての反応?あれはからかわれるのが嫌だったから適当にあしらっただけだよ」
そう言って私の腕を離す。“国見ちゃんも喜ぶと思うな!”喜ぶかどうかは別として嫌がられてはなさそうだ。
「そっか、変な勘違いしてごめん。」
「うん」
そして合宿所に向かうためにバスに乗り込んだ。
......
夜、全行程を終わらせて寝る段になったときに問題が発生した。
「すみません!こちらの不手際で女子部屋が用意できませんでした!本当に申し訳ない!明日までには用意しますので!」
宿舎の女将さんが申し訳なさそうに謝る。ということは私はどうなるんだ?ロビーのソファーかな?なんて思っていたら
「一年生の男子部屋だと少し広いですし、人ひとり増えたところで問題ないかと」
ざわりと一年生が騒つく。「おいおいまじかよ」なんて声も聞こえる。
「私はそれでかまいませんよ」
「本当ですか!?助かります。本当にすみません!」
私の返事にさらにざわつく。
「本当にいいのか?」
溝口さんが心配そうに私に聞く。
「ええ、まあ。しょうがないじゃないですか」
溝口さんは「悪い」と謝る。まあ大丈夫だろうと高を括った。
就寝するために畳部屋に行くと一年生の一人が「百物語しようぜ!」と言った。
「また百物語かよ、飽きないな」
「前の合宿のとき面白かったからな!やろうぜ!」
「いーねー」と口々に賛同が集まる。
「みょうじいんのに悪いだろ。前回あんだけ怖がったんだぜ」
国見くんが渋る。私は水をさしたくなくて「大丈夫だよ!」と言ってしまった。
「今日は皆んなと寝れるし。平気だよ」
国見くんはそれ以上何も言わなかった。眉根には不満そうにシワができていた。
......
やめて貰えば良かった。枕に顔をうずめて半泣きになりながら思う。怖い話は前回よりもパワーアップしていた。前回怖がらなかった人のために怪談話をわざわざ用意し、喋り方を研究してきた子がいたのだ。怖い、ひたすら怖い。隣にいる国見くんにまたこっそり近づいた。
「おい、そろそろ就寝時間だろ。岩泉さん来る前に寝ようぜ」
言いつつ国見くんは端から2番目の布団に潜り込んだ。他の子も「そうだな」と布団に潜る。助かったと私も国見くんの隣の布団に入った。
30分が経過した。寝れない。周りからは寝息が聞こえてくる。くそ、皆んな呑気にスヤスヤ眠りやがって、こちとら寒くもないのに震えてるんだぞと八つ当たりのように怒りが横滑りする。......国見くんも寝ているのだろうか。もしそうなら今のうちに国見くんの布団に失礼したい。朝早く起きて皆んな寝ている間にさっと出て行ったらばれないよね!よし、失礼しようと国見くんの布団に行こうともぞもぞ動いたそのとき
「こっち来たら怒るからね」
国見くんの目が開いた。お、起きてらっしゃった。私はあははと乾いた笑いを漏らした。国見くんはため息を吐いた。
「怖いならやめてって言えばよかったのに」
「おっしゃる通りで......」
国見くんはじいっと私を見つめる。責められているような気がして私は目をそらした。
「......ん。」
「?」
国見くんは布団から手を出した。私は意味がわからなくてその手をじっと見つめた。
「繋いでたら多少怖いのマシでしょ」
「!!」
手から国見くんに目を移す。国見くんは「つながないなら引っ込めるけど」と手を布団に引こうとする。すんでのところで私も布団から手を出して国見くんの手を繋いだ。すると国見くんはふいっと向こうをら向いてしまった。
恐怖で緊張していて冷たい私の手とは対照的に国見くんの手は温かかった。その体温で触れ合ってるんだと意識してしまい、ドクンドクンと心臓は脈うつ。この心音が手を伝って国見くんにバレたらどうしようと別の意味で緊張しだす。国見くんの布団に行かなくてよかったと今更思った。行っていたら緊張はこの比じゃなかっただろう。しかし、手を繋いだお陰でもう恐怖はなくなっていた。しばらくすると疲れが手伝って私は夢の中に落ちていた。
......
「スヤスヤ寝ちゃってさあ」
隣で寝息を立てているみょうじを見る。こちとらみょうじのお陰で眠れないっていうのに。
好きな女の子が隣で寝ているというだけで緊張するのに、手まで繋いでしまった。いくら怖がっていたからといって俺は大概みょうじに甘いと思う。
このまま眠れなかったら朝みょうじの頬をつまもう。そうしないと精算が取れない。俺は無駄だろうなと思いつつ目を閉じた。
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