国見ちゃんのクラスメート | ナノ







合宿も3日目に突入した。布団から起き出し大きく伸びをする。身支度を整え朝ごはんを食べるべく食堂に向かった。

「おはよう」

「おはよう!」

食堂の席には眠そうな国見くんが山盛りのご飯とともに座っていた。私も自分の分のご飯を取ると国見くんの隣に座った。

「今日はよく眠れた?」

「うん、まあ」

国見くんはあくびをする。しかし昨日と比べてクマはなかったので眠れたというのは本当なのだろう。昨日はひどいクマを作っていてビックリした。「どうしたの!?」と問えば呆れたような顔をされた。

「みょうじのせい」

「え、私寝相悪かった?」

不安になりながらそう聞くと違うと首を振られた。じゃあなんで?と聞けば、「男のそういう部分を説明するのは不毛」と意味不明なことを言われた。しかしそれ以上本当になにも言ってくれなかったので仕方なく引き下がった。なぜか頬っぺたつねられた。解せぬ。

今日の朝ごはんは鮭の塩焼きだった。骨をとりつつ食べる。程よい塩味が口の中に広がり自然と頬が緩む。

「みょうじって美味そうに食うよな」

斜向かいの金田一くんが魚の骨と格闘するのを止めて言う。私は口の中のものをごくんと飲み込んだ。

「え、そうかな?でも合宿のご飯美味しくて嬉しいよね」

「確かに」

国見くんが白米を食べつつ言う。お茶碗に山盛りに入っていて朝からよく食べれるなあなんて思った。それでも細いんだから運動量ハンパないんだろうな。そんな他愛ないことを話しながら朝ごはんを食べ終わった。

......

練習がいったん休止され1回目の休憩のとき、宿舎の人が訪ねてきた。

「ここから遠い方の水道、6つのうち右から2番目の水道が壊れてるんですよ。水をだすと蛇口が外れて逆噴射するんです。注意するのが遅くなってすみません」

選手は体育館の暑い温度にやられ火照った体を冷やすために水道に向かっている。遠い方の水道はそりゃ遠くて使う人はなかなかいないだろう。それに使ったとしても壊れた水道に当たる確率は6分の一だ。でも万一ということがある。私はそれをしらせるべく遠い方の水道に小走りで行った。

誰もいないだろうとタカをくくっていたら、そこには誰かがいた。走る足は止めないで目を凝らしてみると国見くんだった。国見くんが使おうとしていた水道は右から2番目の水道。なんてこったい。6分の一を引き当ててるよ。私は焦って叫んだ。

「国見くんその水道使っちゃダメ!!!」

「え?」

一歩遅く、国見くんは蛇口をひねってしまった。水圧で蛇口が国見くんに向かって飛ぶ。国見くんは素晴らしい反射神経でそれを避けた。しかし逆噴射してくる水までは避けられずに頭から水をかぶる。Tシャツが水を吸い込んでぐっしょりと色を変えた。

「あああ、ごめん。」

国見くんのそばまで小走りで行くと私はうな垂れた。忠告するのが遅かった。国見くんはポカンとしたのは一瞬で、飛んだ蛇口を拾って逆噴射を続ける水道にはめ込んだ。

「水道壊れてるって宿舎の人がせっかく教えてくれたのに...。ごめんね国見くん」

「うん、まあこの気温だとすぐ乾くよ」

国見くんをみると白いTシャツが水を吸って肌が透けていた。どこか色っぽくて頬に熱が集中する。ぱっと目をそらし頷く。すると国見くんはTシャツを脱ぎだす。

「!!?」

驚いて国見くんを見てしまう。そこには当たり前だが上半身裸の国見くんがいた。たくましい胸板や腹筋が目に飛び込む。国見くんは細いと思っていたけど思ったよりもずっと筋肉があった。さらに頬に熱が集まる。いけないものを見てしまったように私は急いで頷いた。私が動揺しているのにも気付かず国見くんはマイペースに濡れたTシャツを絞る。早く着てくれないかと私はくんだ指を忙しなく動かした。絞り終わり水が一滴もTシャツからでなくなった。私はホッと息を吐くのもつかの間、国見くんはそのまま体育館に向かおうとする。え!?その格好でいくの!?と吃驚していると国見くんはくるりと私の方を向いた。

「戻らないの?」

「く、国見くん、Tシャツきないの?」

絶え絶えにそう言うと国見くんは不思議そうにした。

「濡れてるTシャツ着るの嫌だし」

確かにそうかもしれないけど!今あなたどんだけ色っぽいわかってらっしゃる!!?混乱を続ける頭は焦って変な回答を導き出した。私の体操服貸せばいいんだ!

「国見くん!私の体操服着て!」

そう言って脱ごうとすると国見くんはギョッとして脱ごうとする私の腕を掴んだ。バサリと国見くんからTシャツが落ちる。私が服を掴んで上に上げようとするのを国見くんは私の腕を掴んで下にさげるように力を入れる。

「なに考えてるの!?」

国見くんの裸が目前に迫り頭がショートする。早く何か着せなきゃ!私の頭はそれでいっぱいになった。

「大丈夫!キャミソール着てるから!」

「そういう問題じゃないんだけど!」

国見くんは真っ赤になりながら叫ぶ。

「私のキャミソール姿と国見くんの裸だったら国見くんが優先されるに決まってるじゃんか!」

「バレー部の皆んなは俺の裸なんて着替えのときに見慣れてるよ!てかみょうじの服なんて小さくて着れないし!」

それを聞いて私は脱ごうとする手をピタリと止めた。国見くんも掴んでいた手の力を緩める。......確かにそうだ。私は掴んでいた服の端を離した。国見くんも私の腕を離す。気まずい沈黙が流れた。

「ご、ごめん」

「うん」

国見くんをちらりと見ると顔が真っ赤だった。顔と同時に上半身も見えてすぐにうつむく。......悪いことしたかな。国見くんは落ちて汚れたTシャツを拾い水道で洗って絞る。そして難儀そうにそれを着た。

「俺も考えなしだった。ごめん」

「う、うん」

着てくれてもやはり色っぽいのは変わらなくて私はまともに国見くんを見れなかった。

......

「おはよう。」

「おは、おはよう!」

廊下でかちあい挨拶を交わすとピュッと逃げられてしまった。その様子に金田一は目を丸くする。

「昨日から避けられてるけどお前なにかしたの?」

金田一が不思議そうに聞いた。そう、昨日のあの一件以来みょうじに避けられるようになってしまった。好意的に解釈すると照れてるんだろうけど、ここまであからさまに避けられると嫌われたんじゃと不安になる。俺はため息を吐いた。

朝ごはんを食べに食堂に行く。いつもは隣にいるみょうじは今日は及川さんの側にいる。その事実にムシャクシャしながらご飯を食べる。いつもは美味しく感じるのに今日は砂を噛むようだ。チラリと遠くにいるみょうじの方を見るとなぜか及川さんと目があった。ニヤリと嫌な笑い方をされる。その表情が気に食わなくてすぐに目をそらした。

練習が休止され1回目の休憩のとき、ドリンクとタオルを貰いにみょうじのもとに行く。みょうじはおずおずと俺にドリンクを渡す。渡すときに指先が少し触れた。みょうじはびっくりしたようにドリンクを離した。ボトリとドリンクが床に落ちた。

「あ、ご、ごめん!」

みょうじは慌ててドリンクを拾い、俺に押し付けた。頷いていて顔は見えなかったが、髪から覗く耳は真っ赤だった。俺がドリンクとタオルを受け取るとみょうじはまた逃げてしまった。

昼休憩、みょうじは洗濯に行っていていないときを見計らったように及川さんが「国見ちゃーん」と寄ってきた。

「やらかしたらしいね?みょうじちゃんから聞いたよ」

「はあ......。まあ」

及川さんはニヤニヤと嫌らしく笑う。俺はそんな及川さんにイライラした。

「早く仲直りしたほうがいいよ?」

「別に喧嘩したわけじゃないんですけど」

勤めて無表情で返す。じゃないと及川さんに八つ当たりしてしまいそうだ。

「気まずくなってそのままフェードアウトーとかあり得るから」

フェードアウト、その言葉にギクリとする。それは避けたかった。しかしみょうじに逃げられる現状をどう打開すればいいのか分からない。

「......仲直りしようにもすぐに逃げられるから、どうすればいいのか」

及川さんは目をパチクリさせた。しかしすぐにヘラリと笑った。

「弱ってるねー」

よしよしと頭を撫でられる。子供扱いされているようで「やめて下さい」とその手を振り払った。

「逃げられても追いかけて捕まえちゃえばいい。ああいう子は多少強引に行かないとね!」

パチンと綺麗にウインクをする。その様が同性の俺でも惚れてしまいそうなほどのイケメンだ。多少強引に、か。俺は口の中で復唱した。

......

夜、持参したスケッチブックで絵を描く。しかし集中はできなかった。国見くんの裸がチラつく。私はスケッチブックに突っ伏した。スケベか!私は変態か!!無意識に頬に熱が集中する。もうすぐ就寝時間だったが、このままじゃ寝れないなと私はロビーの自販機に飲みものを買いに行くことにした。

自販機に行くとばったり国見くんと会ってしまった。あの時のことを思い出してしまってじわりと顔が熱くなる。

「みょうじも飲み物買いに来たの?」

「う、うん」

国見くんは自販機にお金をいれて某有名なスポーツドリンクのボタンを押す。ガコンという音がしてペットボトルが落ちてきた。国見くんはそれをとった。

「どうぞ」

国見くんが自販機を私に譲る。

「あ、ありがとう」

私も適当にお茶を買った。手とお茶の温度差にびっくりする。どんだけ体温上がってるんだよ。私はお茶を自販機から取り出すと「じゃっ」と国見くんから逃げ出そうとした。しかし、誰かが私の腕を掴んで行く手を阻む。振り返ると腕を掴んでいたのは国見くんで、真面目な顔で私を見つめている。

「そんな避けられると傷つく」

「!」

傷つく、その言葉にズクリと胸が痛む。恥ずかしくて避けていたが、それは自分本位で知らぬ間に国見くんを傷つけていたのか。国見くんはゆっくり腕を離した。私は国見くんに向き直った。

「ごめん......」

「いや、俺も考えなしだったから。......嫌いになった?」

「そんなわけ......!」

夜のロビーに私の声はよく響いた。その声に怯えるように声がしぼむ。小さな声で「ないじゃない」と言えば、国見くんは嬉しそうに笑った。

「もう俺のこと避けないでね」

「うっ、努力します」

まだ国見くんのことを見るのは恥ずかしいが、だんだん落ち着いてきたので大丈夫だろう。国見くんは「努力することなの」と少しうなだれた。






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