03
転入生が教室に入ってくる。 教室がさらにざわめいた。
「…すっごい美形」 沙布が珍しく感嘆の声をあげる。
紫苑はその転入生を見て、はっとする。今朝の夢がフラッシュバックする。彼は、あの夢の光景にいなかったか。戦っていた、あの少年…
「さっ、自己紹介、いってみよっか!」 先生が明るく促す。
「ネズミ・イヴです。よろしくお願いします」
ネズミはそれだけ言って一礼すると、紫苑を無表情で見つめる。 灰色の瞳が、紫苑の瞳を凝視する。 その瞳に吸い寄せられるような錯覚を起こし、紫苑は戸惑って目を伏せる。 不自然な沈黙が訪れる。
「えっと…イ、イヴくん?」 先生の狼狽する声が、遠くに聞こえた。
休み時間になった。ネズミは早速、クラスメイトの女子たちに囲まれている。
「イヴくんって、前はどんな学校だったの?」 「東京の、ミッション系の学校」 「部活は何だっの?運動系?文化系?」 「やってなかった」 ネズミは無愛想に答えている。対照的に、女子たちはきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「なんだか不思議な雰囲気の人だね?」 莉莉が紫苑と沙布の席に来て言う。 沙布は眉をひそめる。 「紫苑、あの子と知り合い?さっき彼、紫苑にガンつけてなかった?」 「…えっと、そうだね、…」
あの夢の事を話そうかと迷っていると、ネズミがこちらへ歩いてきた。 紫苑の席で立ち止まる。上から見下ろすかたちで、ネズミは口を開いた。
「あんたがこのクラスの保健委員だよな」 「え?」 「ちょっと頭が痛くなったんだけど。保健室、連れてってくれる」 「あ、うんいいよ」
面食らいながら返事をする。 ネズミは紫苑が席を立つのを待たずにすたすた歩き出す。 紫苑はあわててその後を追いかけた。
ネズミは紫苑の先に立って廊下を歩く。その足取りに迷いはない。
「あの、イヴくん?」 「ネズミでいい」 「えっと、ネズミ。なんでぼくが保健委員って知って…」 「担任の先生に聞いた」 「そ、そっか。あ、ネズミ、そこを…」
そこを左に曲がったら保健室…と言おうとしたが、ネズミは勝手に左に曲がっていた。いいかけた言葉が宙に浮く。
「保健室は、こっちだよな」 「うん、それは、そうなんだけど」 「なに」 「いや、保健室の場所、知ってるのかな…って」
ネズミの足が止まる。自動的に紫苑も立ち止まる。ネズミがくるりと振り返る。美しい動作。 灰色の瞳が、鋭い光を帯びていた。窓からの日光を集約して反射しているようだ。 射すくめられる。
「紫苑」 声も、険しい響きだった。
「あんた、自分の人生が尊いと思うか」
唐突な質問。
「え?」 「家族や友人を大切にしてるか」 「あ、うん、もちろんだけど」 「…ふうん。なら」
ネズミは口端を歪めるようにして笑った。
「なら、今とは違った自分になろうと思うな。さもなければ、全てを失うぜ」
紫苑が絶句しているうちに、ネズミは身を翻して悠々と歩み去る。
紫苑だけが、茫然とその場に取り残された。
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