見せ場は魅せなさい


結局、ネズミが手早くチェックインをすませた。
紫苑はまだ茫然としたまま、部屋の床にへたりこんでいる。

「大丈夫か、紫苑」
「…うん。でも、すごく落ち着かない」

ははっとネズミは笑う。

「そんじゃ、シャワーはおれが先ね」





さっさとネズミがシャワーから上がると、紫苑は床に鞄の中身を広げて整理していた。
少しは立ち直ったらしい。
髪を拭きながら紫苑に聞く。

「どうだ?金はちゃんと全部戻ってきてるか」
「あ、うん、ばっちり。本当にありがとうネズミ。この借りは必ず返すよ」

紫苑は、はにかんだ笑顔をネズミに向ける。

「あ、じゃあ、ぼくもシャワー借りるね」

紫苑がシャワー室に消えた後、ネズミは備え付けの冷蔵庫から酒を取り出す。
グラスに注いで少しずつ舐めながら、紫苑が広げたままにしていった荷物を眺め、呟く。

「…無防備なやつ。おれが盗人だったら、どうすんだ」

ふふっと笑い、紫苑のカードケースを拾いあげる。
そこから彼の身分証明書を抜き取る。
スタンドの灯りに照らしてその学生証を見て、ネズミは目を細めた。

ガチャリ、とシャワー室のドアが開き、紫苑が出てくる。
ネズミはさっと紫苑の生徒証をポケットに忍ばせる。
紫苑は何も気づかないまま、床に広げた荷物の片付けを再開する。
ネズミは酒を呑みながら、その様子を黙って見ていた。

片付け終えると、紫苑はふぅと息をつき、ツインのベッドに腰かける。

「あんた、そういえばさ」

静かにネズミが口を開く。

「身柄を賭けられてたんだったな」
「え?」

グラスを机に置く。コトンという音が静かな室内に響いた。
ネズミは立ち上がり、紫苑の側へ行く。

「それを助けたおれは、あんたを貰う権利があると思うんだけど」
「え、あの、ネズ…ミ?」

座っている紫苑の顎に両手を沿え、真っ向から視線を合わせる。
紫苑はたじろぎ、じりじりと後ろへ下がろうとする。

「ねぇ、紫苑?」
「ネ…ズミ、何の、こと…?」

後退する紫苑を追って、ネズミもベッドに上がり込む。
紫苑はネズミの灰色の瞳に魅せられ、視線を反らすことができない。

「分からないの?紫苑」

紫苑の背中がベッドの柵に当たる。もう後がない。
ふふっとネズミは妖艶に笑う。
そのままゆっくりと顔を近づけ、紫苑の唇を啄む。頬に添えた手を滑らせ、鎖骨をなぞり、ボタンに手をかける。

「…っ、ネズミ!」

紫苑はネズミの手を必死で押し留める。
目に涙を溜め、ネズミを見上げる。

「こんな、いきなり…っ、やめて」

そう言うと紫苑は顔を俯け、ネズミの手を握り締めたまま、ぽろぽろと涙をこぼして泣き始めた。



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