01
しかし、その言葉が発せられる事はなかった。
シャアアアアァッ。
路地に隣接するビルの水道管が裂け、そこからシャワーのように水が吹き出る。 槍を振り翳し沙布に迫る少女は水を大量に浴びてひるみ、さらに少女の槍は岩壁のような盾に阻まれる。
第三者の介入。 結界を破って戦いに割り込んだのは…。
パシャリと水音をたてて路地に降り立ったのは、見覚えのある黒い戦闘服の…。
「ネズミ!!」
思わず紫苑は叫ぶ。 ネズミはちらりと紫苑の方を見遣っただけで何も言わず、展開させた盾を縮小させ腕のもとの位置に装着する。 ふっ、と息を吐いて前髪をかきあげた。
少女は槍を突き出した格好のまま、驚きのあまり固まっている。
なんとか起き上がりった沙布はネズミに食って掛かる。 「あなた…っ、何を余計な事を…!邪魔しないで!」
ネズミは無言で沙布の首筋に手刀を落とす。 沙布は声もなく意識を失い、崩れ落ちる。
「なっ…」 てっきり攻撃されると思い身構えていた少女は、ネズミが沙布に手を下したのを見てさらに驚く。
カツン、とブーツを鳴らしてネズミはその少女の方へ振り返った。 少女はようやく槍を下げ、ネズミに向き直って問う。
「…おまえさん、どっちの味方だ?」
ふふん、とネズミは笑い、詠うように答える。 謎めいた、女の人の声音。
「わたしは冷静な人の味方で、無駄な争いをする馬鹿の敵」
す、とネズミはピストルの形にした右手を持ち上げ、人差し指を少女の額に向ける。 にっこりと優しげに微笑み、氷のように冷えた声で問う。
「あなたはどっちなの?イヌカシ」
ざっ、とイヌカシと呼ばれた少女は勢い良く後退り、ネズミから距離を取る。
「なんでおれの名前を…どこで知って…?」
ネズミは、瞬きもせず真っ直ぐにイヌカシを鋭利な視線で射抜く。 盾以外なんの武器も持っていないネズミに気圧され、イヌカシはさらに後退る。 丸腰のように見えるネズミの姿と、自分の槍を交互に見比べる。
「…まあ、いい。切り札が見えないんじゃあ、しょうがない。おまえさんに関する情報が少なすぎる。今回はとんずらさせてもらうぜ」
そう言い放ち、イヌカシは展開した槍を素早く畳むと路地の向こうへと消えた。
ほっと胸を撫で下ろした紫苑に、ネズミはつかつかと歩み寄る。
「あ、ネズミ、沙布を助けてくれてありがとう、ちゃんと約束まもってくれて…」 「ばか!」
紫苑の言葉を、ネズミは乱暴に遮る。 先ほどとは違う、感情をあらわにした声音。 その感情は…怒り。
「もう関わるなとおれは言ったはずだ。あんたも、分かったと言ったはずだ。なのになぜ、まだ自分から危険に首を突っ込むんだ?あんたはどこまで愚かなんだよ!」 「ネズ…ミ」
ネズミは、紫苑の胸ぐらを掴み上げ、凄む。 視線が真っ向からかち合う。ネズミの灰色の瞳は、激しく燃えていた。
「魔法戦士にはなるな!とてもじゃないが務まらない。あんたには、そぐわない。分かったな!」
ネズミは言うだけ言うと、今度はフェネックに向かう。
「おまえは、いつまでも懲りずに…」 『仕方がないよ、ネズミ。それがわたしの役割だから』
「…そうだな。おまえらは、そんな奴だったな」
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