02


『なんのことかな?』
「…失せろ。今すぐ」

可愛らしい仕草で小首をかしげたフェネックに、ネズミは静かに凄む。

『どうして君がそんなにわたしを目の敵にするのか皆目見当がつかないが、とりあえず退散するよ。それじゃあ紫苑、またね』

紫苑の肩から白い身体を翻してフェネックは路地から消える。

「紫苑」
ネズミは背を向けたまま、独り言のように言う。

「忠告を、忘れるな。頼むから」

それは、とても寂しそうな声。
哀願の響きさえ含み、先ほどまでの激情は消え失せていた。

はっ、と胸を突かれるような気がした。
紫苑の胸に、何故か懐かしさと寂しさが同時に溢れる。

え?
懐かしい?さびしい?
どうして?

座り込んだまま、ネズミを見上げる。
背中に漂うのは、寂寥、寂寞、寂然。
いつも凛々しく冷たく、道を貫き生きてきたようにみえるネズミ。孤高の彼には似つかわしくない束の間の雰囲気。

どうしたの、と紫苑が言いかけた時、倒れていた沙布が呻いた。

ちらりと沙布を見遣り、ネズミはぶっきらぼうに言った。

「ひとりじゃ、歩けないだろう。家まで送ってやれ」
「え?あ、うん」

紫苑は沙布に駆け寄り、肩を優しく揺する。

「沙布?沙布?」
「うっ…」

大丈夫?とは聞けない。
沙布は見るからにボロボロだった。

「激しく痛むところは?立てるか?」
「大…丈夫…よ」
「そんなわけな…」
「大丈夫。ちょっとだけ…肩を貸して」
「あ、ああ」

沙布は、紫苑の支えで立ち上がると一息ついてから服についた泥を払い、紫苑の腕も払いのけた。
まっすぐ自力で立つその姿勢は、とても満身創痍には見えない。

「皆去ったのね。さ、私たちも帰りましょ」

いや、まだネズミがここに…
そう言いかけ、紫苑は急いで辺りを見回す。
いなかった。
いつの間にかネズミの姿も消えていた。

沙布は紫苑を置いたままさっさと歩き出す。
紫苑はびっくりしてあわてて追いかけた。

「え、ちょっと待ってよ沙布、大怪我してるんだろ」
「どうってことないわ」



その様子をビルの屋上に腰掛け、眺めている者がいた。
路地の向こうに消えたイヌカシだ。隣にはフェネックもいる。

「おっかしいなあ。なんであいつ、動けるんだ?」
『あいつって、沙布のことかい?』
「ああ。全治三ヶ月ってくらいには、やってやったはずなんだけど」
『彼女は、癒しの祈りを捧げて魔法少女になった。だから人一倍身体が頑丈で、治癒力が高い』
「ふぅん。じゃあ、黙らせるためには完全に潰さなきゃだめってことだな」
『イヌカシ』
「ああ?」
『全てが、君の思い通りにうまくいくとは限らないよ』

イヌカシは鼻に思いっきり皺を寄せ、けっ、と笑った。


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