02
「で?話って何?」 「ごめんねネズミ、急に呼び出したりして…」
紫苑とネズミは、構内の学食で向かい合って座っていた。 ネズミはアイスティーをすすり、紫苑を促す。
「別にいい。それで?」 「沙布の事なんだけど…。沙布、事故で大怪我をした莉莉を助けるために、魔法少女になった。でも…」 「心配なんだな」 「うん。だから…ネズミに沙布を助けてほしくて…」 「だめだ」 「え?」 「その頼みは引き受けられない」 「ネズミ…」 「あんただけでなく沙布って女の子にも警告をしておくべきだった。おれの落ち度だ、すまない」 「なんで、ネズミ、…」
ネズミはカップを置き、ため息をつく。
「おれは嘘はつきたくないし、出来もしない約束も、したくない。だから、沙布のことは諦めろ。一度魔法少女になってしまったら、もう救われる望みはない」
ネズミの指が、すっとカップのふちをなぞる。 その優美な指の爪には、刻印が施されていた。 きっとそれは、魔法戦士の証…それと同時に彼を縛り付ける鎖。
ゆっくり視線を上げ、ネズミを見る。 強い光を宿した灰色の瞳は、真っ直ぐに紫苑を見ていた。 鏡のような瞳は、そこに何の感情も映さない。
ネズミは紫苑を見据え、静かに言う。
「あの契約は、たった一つの希望と引き換えに、全てを諦めるってことだ」
ふと、ネズミの願いは何だったのだろうという疑問が浮かんだ。 魔法戦士である以上、契約の際にフェネックに「何か」を願ったはずだ。 他の全てを失ってまで、ネズミが叶えたかった「願い」は、何だったのだろう。
「じゃあ」 言葉が喉をついてこぼれ出ていた。 「ネズミは、何を、願ったの」
くっ、とネズミが息を詰めた。 紫苑には見えないテーブルの下で、ネズミはこぶしを震わせる。
「…あんたには、関係のないことだ」 「でも、」 紫苑はネズミに食い下がった。
「ネズミだって、どうしても叶えたい願いがあったんでしょ。沙布にもあったんだ。沙布は莉莉を助けたかった。そして、昨日魔女に操られた皆や、巻き込まれたぼくを救ってくれた。でも、まだ彼女は見ていて危なっかしいんだ、無理をしてるみたいで」
ふっ、とネズミはため息をつく。
「引け目を感じたくないからって、借りを返そうだなんて、そんな出過ぎた考えは捨てろ」
「違うよネズミ、ぼくはそんなふうに思ってるわけじゃ」
「少しも違わないさ。度を越した優しさは甘さに繋がるし、蛮勇は油断になる。そして、どんな献身にも見返りなんてない。それを弁えていなければ、魔法戦士は務まらない。だから山勢は命を落とした」
「そんな言い方…山勢さんは…」 「ともかく」 冷えたネズミの声が紫苑の言葉を遮る。 まだアイスティーの残っているカップを持ってネズミは立ち上がった。
「おれは、残念ながら助けにはなれない。時間を無駄にさせたな」
紫苑に言葉を挟ませる隙も与えず、ネズミは素早くカフェを出て行ってしまった。
「ネズミ…どうして」 ちゃんと話せば、わかりあえると思うのに。
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