02


授業の始まりを告げるチャイムが、能天気な音色で校内に鳴り響く。

「きりーつ」

委員長の号令で、ばらばらと生徒たちが立ち上がる。

「れー」

着席、の号令を待たずに、皆勝手に席に着く。

「はい、それでは、」

担任が明るい声でホームルームを始める。
代わり映えのしない先生の話に、誰かがふわりと欠伸をもらす。
ぼんやりと窓の外を見ている生徒もいる。

いつもと変わらぬ教室。
毎日見ていた景色。
今までと同じ空間。

だが、そこに欠けているものがあった。
沙布は今日も、欠席していた。




「ネズミは、知ってたの」

紫苑は、昼休みになると屋上へ出た。そこへ行けば、ネズミに会えるような気がしたから。
はたしてネズミは、そこにいた。

開口一番に、紫苑は呟くようにネズミに聞いた。
ネズミは無表情に空を見上げたまま、答えない。
その無言は、肯定を含んだ沈黙だと、紫苑にはわかった。

「話してくれれば良かったのに…。そうしたら、沙布はきっと…」

沙布は、魔法少女にならなかったかもしれない。
優しい彼女のことだから、自分が翻身してしまうとしても、莉莉を救おうとしたかもしれない。
だが、何も知らされず、何の覚悟もないまま、沙布は魔法少女になってしまった。
自ら望んでではなく、沙布は騙されるように自己犠牲を強いられてしまった。

「ネズミ…どうして話してくれなかったんだ…」

しばらく沈黙が続いた。
上をむいたまま美しい彫刻のように動かないかに見えたネズミだったが、突然吹いた風に前髪を煽られ、鬱陶しそうに長めの髪を耳にかけた。
そのついでに、ぼそりと呟いた。

「前もって話しても、信じてくれた人はひとりもいなかった」

そう言って雲を眺めるネズミの灰色の瞳の奥に、深い孤独を垣間見たような気がして、紫苑は思わず語気を強めた。

「ぼくは、きっと、信じたよ。たとえ皆が信じなくても、ぼくだけは…」
「へぇ」
「ねぇ…だから、教えてよ…。フェネックはどうしてこんなひどいことを…」

ネズミは、ゆっくりと紫苑の方を振り向いた。長い睫毛に縁取られた目で、紫苑を見つめる。

「あいつは…フェネックは、ひどいとさえ思っていない。あれは、人間の価値観が通用しない生き物さ。なにもかも奇跡の正当な対価だと、そう言い張るだけだ」
「正当な対価?全然釣り合ってないよ!沙布はただ友達の怪我を治したかっただけなのに…」

そう言う紫苑を、ネズミは目を細めて憐れむように見下ろした。

「不可能を可能にした以上、奇跡であることに違いはない。沙布が一生を費やして介護しても、あの少女に再び起き上がることのできる日はこなかった。奇跡はな、紫苑、本当なら人の命でさえあがなえるものじゃない。それを売って歩いているのが、フェネックだ」
「…沙布は、もとの暮らしには戻れないの」
「当たり前だ。前にも言ったよな。あんたの優秀な脳みそなら、覚えてるだろ。彼女のことは諦めろ」
「そんな…。沙布はぼくを助けてくれたんだ。沙布が魔法少女じゃなかったら、あのとき、ぼくも莉莉も死んでた!だから、沙布を見捨てることなんか、できない。なんとかして助けたいんだ。教えてくれ、ネズミ、何か方法が…」
「感謝と責任を混同するな」

紫苑の言葉を切って、ネズミは静かに言った。

「あんたには、沙布を助ける手立てなんかない。責任を感じるから、かわりに同情するなんて、馬鹿げたことはやめることだ」

風が吹く。ネズミが髪をかきあげる。

その手…中指の爪に施された刻印に目が止まる。紫色をした、菱形のそれは、魔法戦士の証。

紫苑は、ネズミと構内のカフェで話した時の事を、思い出す。
カップのふちを優雅になぞった、ネズミの指先を。

そう、あの時も紫苑は、沙布を助けてくれと、ネズミに頼んだのだった。そして、冷たく断られた。

「ネズミは…どうしていつも冷たいの…」

悄然と肩を落とす紫苑から逃げるようにネズミは視線を逸らし、目を伏せた。



「そうだな、きっともう人間じゃないから…かもな」


紫苑は、彼が魔法戦士になった理由を、まだ知らない。




構内のカフェで紫苑とネズミが話したエピソード→5話の02

実は5-02で先走って、原作でのほむらの「あなたには彼女を救う手立てなんかない。引け目を感じたくないからって借りを返そうなんて、そんな出過ぎた考えは捨てなさい」…にあたる台詞を使ってしまい…
困った末にこんな感じになりましたorz
ちゃんとアニメ見て復習しなければいけませんね…(_ _;)



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