03


沙布は朝からベッドから出られないでいた。カーテンをひいたままでも、真昼の明るい太陽の光が布を透かして射し込んでくる。それを遮断したくて、沙布は毛布を頭までひきかぶった。

ゾンビなんかになっちゃって…わたし、どんな顔して紫苑に会えばいいのかな。

紫苑はわたしを笑うだろうか。正義感に酔いしれて魔法少女になった挙げ句、ゾンビにされてしまったなんて、愚の骨頂だ。
それとも紫苑は軽蔑するだろうか。動く死体となんて話もしたくないと…、そう思うだろうか。

無気力にベッドに体を投げ出していると、思考が暗い方向にばかり支配される。

…その時。

──いつまでもショボくれてんじゃねーぞボンクラ!

頭のなかに、凛と明るい声が響いた。テレパシーによる会話。この声はあの少女…イヌカシのものだ。

だるい体を起こして、窓辺へ向かう。カーテンを開け、外界の眩しさに目を細めながら見下ろすと、やはりそこにイヌカシがいた。

──ちょいと面貸しな。話がある

魔法少女の実態を知って、イヌカシの受けたダメージも相当なものだろうに、イヌカシは屈託なく沙布に笑いかけた。

しぶしぶ沙布が降りていくと、イヌカシは開口一番に、後悔してるのかと聞いた。

「おまえさんさ、後悔してんの?おれは、まぁいいかって思ったぜ。なんだかんだでこの力のおかげで好き勝手できてるわけだしさ」

流暢に話ながら、イヌカシはすたすたとどこかへ向かって歩いていく。仕方なく沙布もそれについていきながら、会話に付き合う。

「あなたは、自業自得なだけでしょ」
「そうさ、自業自得にしちゃえばいいんだよ」

イヌカシは沙布の憎まれ口にからからと笑い、得意気に言葉を続ける。

「自分のためだけに生きてれば全部自分のせいだ。誰を恨むこともないし、後悔なんてあるわけがない…。そう思えば、大抵のことは背負えるもんさ」
「…あなたに、何が分かるっていうのよ」

わたしは、他人のために願った、馬鹿な魔法少女なのだから。

「…分かるさ。おれも、」

イヌカシは、寂れた教会の扉を蹴った。錆び付いていた蝶番は呆気なく外れ、扉は無抵抗に大きな音を響かせて倒れた。

「おれも、おまえさんと、同じだからな」

廃墟となった教会には、ステンドグラスを通過した色とりどりの光が踊っていた。その光の帯の中で、空気中の細かな埃がきらきらと瞬いていた。

「ちょっとばかり長い話になる…食うかい?」

ぼんやりと教会を見回していた沙布に、イヌカシはパンを放り投げた。
反射的にそれを受け取った沙布だが、そのパンを一瞥した後、埃の積もった床に捨てる。

「いらないわ、あなたから何も貰う気は──」
「食い物を粗末にするんじゃねぇ」

沙布がパンを捨てたのを見て、イヌカシは顔色を変えた。沙布の言葉が終わらないうちに怒声をあげ、沙布を睨む。
そして、イヌカシの殺気に呼応するように、どこからともなく何匹もの犬が、のっそりと現れた。ざっと数えて、十頭はいるだろうか。

それらの犬はぐるぐると唸り声を低く響かせ、沙布を取り囲む。

「犬?な…なんで、」

突然現れた犬に敵意を剥き出しに囲まれ、さすがの沙布も怯える。
「なんで、こんなにたくさん…犬が…」
「ああ、おれの仲間さ。この教会に、わんさかいる」

イヌカシがパチン、と指を鳴らすと、犬は窺うようにイヌカシに鼻を向け、イヌカシが頷くのを見ると、おとなしく床に伏せた。

「教会に…犬…。あなたの、犬なの?」
「そうさ。ここは、おれの親父の教会だった。今じゃ廃墟になっちまったが、ここにも、信者が通って、おれの家族の笑い声が満ちてた時期があったんだ…。その話をおまえさんにしたくて、ここに連れてきたんだ」

イヌカシは沙布の捨てたパンを拾い上げ、丁寧に埃を払ってポケットに戻すと、ゆっくり話し始めた。


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