04
イヌカシとの戦いで満身創痍となった沙布だったが、紫苑に送ってもらって自宅に帰る頃にはほとんどの傷が癒えていた。 心配する紫苑を笑顔で帰して、沙布はパジャマに着替えてごろりとベッドに横になる。
『沙布、もうそろそろソウルジェムが限界だろう。浄化しないと』
唐突に声が頭に直接響いたかと思うと、白い小さな生き物がひらりとベッドに飛び降りてきた。
「あなた、いつもどこから…」
呆れた沙布が呟くが、フェネックは尻尾をふわりと揺らして聞き流す。
『ハコの魔女を倒した時に得たグリーフシードがあるだろう?あれを使えばいい』
ハコの魔女…それは、コンピューターのような姿の魔女だった。力河や楊眠らを集団自殺に誘い、紫苑を結界に取り込んで餌食にしようとしたところを、沙布が粉砕した。 性質は憧憬、筋金入りのひきこもりの魔女…憧れは全てガラスの中に閉じ込めてしまう。 閉じ込められた者はその心までも簡単に見透かされてしまうが、考えるより先に殴れば問題ない。 沙布が初めて戦った相手だが、初戦に相応しく、さほど手強い魔女ではなかった。
「えーと、こうするのよね…」
ゴソゴソと制服のポケットからグリーフシードを取り出し、濁ったソウルジェムに近付ける。 ふわっ、と黒い影がソウルジェムからグリーフシードに移る。
『これでしばらくは大丈夫だ』 「今度は、グリーフシードが真っ黒だわ」 『これ以上穢れを吸ったら危険だね。魔女が孵化するかもしれない』 「ええっ」 『大丈夫。貸してくれるかい』
こんなところで孵化なんてされたら…と狼狽する沙布から、フェネックはグリーフシードを受け取る。 ぱああっとフェネックの背中が発光する。フェネックがひょいっとグリーフシードを放り投げると、自然とそれはフェネックの背中に吸い込まれていった。
「フェネック…、それ、た…食べちゃったの?」
けぷっ、と満足したように息をつき、フェネックは伸びをする。
『これも私のの役目のひとつだよ。さて、また次に浄化させる為には新しいグリーフシードを手に入れないとね』 「…ねぇ」
また美しい輝きを取り戻した青いソウルジェムを蛍光灯の明かりに透かして覗き、沙布は不思議そうにフェネックに訪ねる。
「これを綺麗にしておくのって、そんなにも大切ことなのかしら」 『何を言うんだい、当然だよ。魔力を使えば使うほど、ソウルジェムには穢れが溜まる。最大限の力を発揮する為には、その穢れを取り除いてコンディションを最良に保つ必要がある。イヌカシは強かっただろう?彼女は常に最良の状態で戦っているからね』 「…だからって、グリーフシードの為に他人を犠牲にするなんて」 『もちろん、魔法戦士の強さはコンディションだけでなく、元々の才能と経験という要素にも起因するよ。だから、才能がある上にベテランの山勢においてはグリーフシードが十分になくても強かった』
こう言われれば、言外に自分には才能がないと告げられているようなものだった。 少々気分を害して、沙布は唇をとがらせる。そんな表情をすると、いつもは大人びた彼女も年相応に見えた。
「魔法戦士にも才能の差なんてあるのね…不公平だわ」 『中には経験が全くなくても才能だけでイヌカシ以上の力を持つ天才だっている』 「そんな恵まれた人は誰かしら。あの、ネズミとかいう転校生?」『違うよ』
フェネックはまた、尻尾をひらりと翻し、軽く跳躍して沙布の正面に来る。小首を傾げて言う。
『紫苑さ』
そこに紫苑の名が出てくるとは思いもよらず、沙布は面食らって二の句がつげなかった。 ようやく、掠れた声を絞り出す。 「…それ、本当?」 『ああ』
さも当然、という風に軽くフェネックは頷く。
『イヌカシに対抗する戦力が欲しいなら、いっそ紫苑に頼むのも手だよ』
なんでもないことのように、しらっとフェネックは言ってのける。
『彼が契約すれば…』 「駄目」
鋭くフェネックの言葉を断ち切る。不快だった。これ以上聞いてられない。
「彼を巻き込む訳にはいかない」
莉莉を救うために、そして何よりも、紫苑を守るために、沙布は魔法少女になった。 自分のためじゃない。 皆を守るために魔法少女になり、それがために魔法少女同士の戦いが生じてしまうなら、なおのこと紫苑を巻き込むことは沙布自身が許せなかった。
「これはわたしの戦いだから」
沙布は決意を込めて、青く透明なソウルジェムを掌に握り込む。 その隣で、ふぅんとフェネックは気のない相槌を打っただけだった。
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