05


『駄目だね、時間が経ち過ぎている。ゆうべの使い魔の痕跡は残っていない』
「そう…」

放課後、昨日落書きの魔女の使い魔に遭遇した場所に来てみたが、ソウルジェムは全く反応しなかった。
沙布はしょんぼりと肩を落とした後、すぐに拳を握り締める。
昨日あの魔法少女に邪魔されなければ、と憤っているのだろう。

「ねぇ、沙布」

おずおずと紫苑は話しかける。

「昨日の子と一度話し合っておくべきじゃないかな。でないと、また鉢合わせた時に喧嘩になってしまうと思う」

あんな喧嘩を、沙布が傷つくところを、沙布が誰かを傷つけるところを、紫苑はもう見たくなかった。

「だからさ、沙布…」
「…紫苑には、ゆうべのあれが、喧嘩に見えたの?」
「え…」

沙布の声は、今までにないくらい冷えていた。ぞくり、と背筋に寒いものが走る。

「あれは正真正銘の、殺し合いだったわ。あの時はお互い本気で相手を終わらせようとしてた」
「だったらなおさら…!」
「馬鹿言わないで。グリーフシードの為に人間を餌にするような奴と折り合いなんてつけられるわけないじゃない。あの転校生も同じよ。山勢さんの、山勢さんの時だって…」

沙布は逆上して捲し立てる。怒りのために、頬が上気している。

「あいつは山勢さんがやられるのを待ってから魔女を倒しに来た!」
「な…、違う、沙布、」
「少しも違わないわ、あいつはグリーフシード欲しさに、山勢さんを見殺しにしたのよ!」
「違うよ、沙布!ネズミはあの時…」

あの時ネズミは、山勢に魔法で拘束されて動けなくされていた。
山勢が殺されてから現れたのは、山勢が死んで拘束魔法が解けたからだ。山勢の魔法が溶け、山勢が死んだことを悟ったネズミは、すぐさま紫苑と沙布を助けるために駆けつけてくれたのに。

「あなた、あの転校生の肩を持つ気?でももう、そんなことはどうでもいいわ。わたしはね、紫苑」
沙布の勘違いを正そうと紫苑が口を開きかけると、沙布は手を振って黙って聞いてと言った。
その冴えた声音と雰囲気に気圧され、紫苑は口をつぐむ。
紫苑の目を正面から見据えて沙布は言う。

「わたしは、魔女と戦うためだけじゃなくて、大切な人を護るためにこの力を手に入れたの。だから、」

そして、沙布は紫苑に背を向ける。掌に載せたソウルジェムを握り締める。

「魔女よりも悪い人間がいれば、わたしは戦うわ。たとえそれが、…魔法少女であっても」

沙布は歩き出す。また魔女捜しに街を歩き回るのだろう。
歩きながら、沙布は背中で言った。

「嫌ならついて来なくていいのよ。見てて気持ちのいいものでは決してないでしょうから」
「あ…沙布…」

伸ばした手は空を切った。
すぐに追いかけようとしたが、足が言うことを聞かなかった。
沙布の冷たい声に縫い留められたように、足がその場を動かなかった。
ぱさり、と軽い音が足元からした。フェネックの尻尾の音だった。
そこで初めて、紫苑はフェネックがここにいたことを思い出す。

「フェネックも、なんとか言ってよ…」

フェネックが、沙布の言い分を間違っていると言ってくれたら、沙布も少しは…

泣きたい気持ちで紫苑はその場に佇んでいた。
フェネックはどこ吹く風で泰然と座り、平静と変わらない声で言った。

『私が何か言ったところで、沙布は聞き届けてはくれないだろう』

夕焼けに紅く染まる空を、カァと暢気な声をあげながら、数羽のカラスが飛び去っていった。


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