02


莉莉が入院したことにより、教室は火が消えたように活気がなくなっていた。

「莉莉、今日も目を覚まさなかったわ」
休み時間、沙布は暗い声で紫苑に話した。
「一命をとりとめたけれど、ずっと昏睡状態よ。このまま植物人間になってしまうかも」
「脳に異常が…?」
「ええ。お医者さまによると、頭を強打したみたいで」

未だ帰国しない莉莉の両親に代わりに沙布は病院に通いつめ、献身的に看病をしていた。

「沙布」
「ん?」
「今日も、病院に行く?」
「そのつもりよ」
「ぼくも、行っていいかな」

紫苑は、莉莉が事故に遭った当日から病院には行っていなかった。
怖かったのだ。でも、ずっと逃げているわけにはいかない。

「ええ。じゃあ、帰りに一緒に行きましょ」
「ありがとう…」


そのお見舞いの帰りに、二人は孵化しかけのグリーフシードを見つけることになる。


「ねぇ、紫苑、あれ…!!」
「え?あっ、グリーフシードじゃ…!」
『まずいね、孵化しかけてる』

フェネックの言葉に、沙布が反応する。

「孵化ですって…?ここ、病院なのに…莉莉がいるのに…こんなところに魔女が取り憑いたら…!」

紫苑も、山勢の言葉を思いだして青ざめる。

──病院になんて取り憑かれたら目もあてられない。ただでさえ弱っている人達が生命力を吸いとられて悲惨な事になる。

『もう、結界ができている。使い魔もすでに生まれている。最後に魔女が孵るまで、あと少しだ…!』
「分かった、じゃあこうしましょう。わたし、使い魔くらいは山勢さんが魔法をかけてくれたこのバットで倒せる。先に結界に入ってるわ。紫苑、山勢さんを呼んできて!」
「分かった!沙布、気をつけて!」
『じゃあ私は沙布について結界に入ろう。紫苑、急いで!』

この時間なら、きっと山勢は帰宅しているはず。そう見当をつけて紫苑は山勢のマンションの方向へ全速力で走りながら、携帯を取り出す。山勢の携帯番号をダイヤルする。
ワンコール、ツーコール、スリーコール…

〈はい、山勢です〉
「山勢さん!紫苑です。大変です、病院の近くでグリーフシードが孵化しかけています!今家ですか?」
〈ああ、家だよ、すぐ行く!今どのあたりだ?〉
「二丁目のコンビニです」
〈じゃあそこで待ってろ!〉


一方、結界に入った沙布。
やはりそこは、歪んだ空間だった。
辺りは夜のように暗い。病院の廊下のような道が、延々と続いていて、フラスコや瓶に入った薬がたくさん空中に浮いている。
カツン、カツン、と靴音が響く。

『沙布!あそこだ!』

廊下の隅から、何匹か小さな使い魔が飛び出す。てんとう虫のような外見に、大きな一つ目、頭には小さなナース帽を載せている。
使い魔たちは唄う。

Wo ist der Kaese?
Der Kaese ist nirgends.
Wo bleibt der Kaese?
Der Kaese ist nirgends.

チーズはどこ?
チーズはどこ?
どこにもないの!
見つからないの!


それらはぴょこぴょこと細い足で歩きまわる。
沙布は必死にバットを振り回した。


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