06


ネズミは持ち前の猫かぶりで、すぐに場の雰囲気に馴染み、火藍に気に入られ、よく食べよく飲みよく話した。

「また遊びに来てね。パン屋でもいいわよ、マフィンをサービスするから」
「マフィンのサービスですか。とても魅力的だけど、それは小さなお子さんたちにあげてください。サービスなんてしてくださらなくても、おれ、おばさんのパン、毎朝でも買いに来ます」
「まあ、そんな。無理はしなくていいのよ、味も飽きるだろうし」

毎朝買いに来る?スケジュールは常に一分の隙もないほどにぎっしり詰まっている、トップアイドルのこいつが?イヴの格好で?
そんな馬鹿な。

紫苑はそう思うが、思うだけで口にはしない。
黙々と箸を運び、いつ食べても飽きることなく美味しい母の手料理を食べる。
静かな紫苑とは対照的に、ネズミはなおも明るく喋り続ける。

「飽きるはずがありませんよ、こんなに美味しいんですから」
「あらあら、褒め上手ね」

ほほほと、火藍は本当に嬉しそうに笑う。
ネズミはなかなかボリュームのある夕食を、デザートのチェリーケーキまできれいに平らげた。そのことは当然、火藍を喜ばせた。
だが火藍が一番喜んでいるのは、息子の友達が家に来ているということだった。今までは一度も、紫苑は友達と呼べるひとを家に連れてきたことがなかったから。

唯一の例外は、近所に住む幼馴染みの沙布だったが、彼女もここしばらくこの家には上がっていない。紫苑は何も気付いていないが、沙布は紫苑に好意を持っているため、彼女にとってみればそうそう気軽に上がれるものではなくなったのだ。

「あなたみたいなお友だちがいて、紫苑は幸せね。これからもよろしくね」
「いえ、こちらこそお世話になっています。今日も無理を言ってしまって…」
「うちはいいのよ、ゆっくり泊まっていってね。あっ、そういえば、親御さんには電話した?心配なさっているかもしれないわ」
「ああ、それはご心配なく。大丈夫です」
「そう?」

心配そうに眉を寄せる火藍に対して、ネズミは明るく、屈託なく笑って見せる。
それは思わずはっとするほど可愛らしく、まさに天使のようで、直視できずに紫苑は視線を逸らせた。

「では、ごちそうさまでした。お皿、洗います」
「優しいのねぇ。でも、いいの。これは、おばさんのお仕事よ」
「いえ、ごちそうになりましたし、そういうわけには…」
「いいのよ。さて、明日の朝ごはんは何にしようかしら?」
「ではお言葉に甘えて…」

本当に申し訳なさそうに、ネズミは火藍にぺこりと頭を下げる。
まあお行儀の良い子ね、と火藍は感心しながらも少し照れている。

やれやれ、と首を振りたい心境の紫苑は、何かネズミに言ってやりたいのをこらえ、ごちそうさま、と母に言い置いて二階へ上がった。
ネズミも、当然のような顔をして紫苑の後ろをついてきた。


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