等身大のお雛さま


!)「飾り物のお人形さん」シリーズ

「…あの、山勢さん?どちらに向かっているのでしょうか」

丁寧な口調に嫌味をたっぷりと込め、ネズミは運転席の山勢に問う。
連日のハードスケジュールをこなしてやっとのことで時間を空けた今日のオフは、紫苑の家へ遊びに行く…はずだった。
だが、今走っているのは紫苑の家への道のりではない。

「ああ…ええと…」

後部座席から発される、ネズミの殺気に畏縮しながらも、山勢はハンドルをきらない。

「…突然、ポスターの撮影が入ってしまってね。あ、でも、」

山勢は冷や汗をかきながらバックミラーをちらりとうかがい、そこに盤若の形相のネズミを確認して苦笑する。

「でも、紫苑くんもスタジオに呼んだから」
「…へぇ」

気のない風を装ったネズミの相槌の声音が、若干明るい。紫苑に会えると分かって少し機嫌が浮上したらしい。

「イヴの撮影見学って言ったら、彼、とても喜んでたよ」
「ふぅん」

またバックミラーに視線をやってみると、窓の外を眺めるネズミの口角が上がっている。
視覚でもネズミが上機嫌なことを確認し、ほっと山勢が胸を撫で下ろした瞬間、その唇が動いた。

「じゃっ、なんで、今までおれに黙ってたんだよ」

さすがネズミ、目の前にちらつく飴玉に惑わされはしない。
疑惑をあらわに眉根を寄せ、ネズミは山勢に詰問する。

「急に予定に入った、っつっても、紫苑に知らせる時間はあったんだもんな?」

もうスタジオは目の前だった。
山勢は手際よくハンドルをきって駐車場に車を停めながら、腹を括って口火を切った。

「…そうだな。言ったらきっときみ、逃げ出すと思って」
「は?」
「イヴ、今日はお雛様になるんだよ」
「…はっ?」


等身大のお雛さま


十二単と通称される女雛の衣装は、最高の女性の装束である唐衣裳装束。天皇家へ嫁ぐ姫が結婚式に着るものだ。
これは、正式に着ると重さが20kgにも及ぶという。それでは動けないからという理由で、イヴには特別に誂えられたものが用意されていた。

「まずは、これを着てちょうだい」

着付けをしてくれるのは、沙布という女性だった。いつもメイクをしてくれる人で、イヴの性別を知る数少ない者の一人だ。
沙布は白い小袖を持ち、腕を通せるように広げる。

「…あんた、着付けもできるの?すごいね、オールマイティーなんだ」

きらびやかな衣装を目の前にして、また機嫌を損ねたネズミはふんと鼻をならす。

「あら、あたりまえよ。今さら気付いたの?」

ネズミの皮肉をにっこりと笑顔で流し、沙布はてきぱきとネズミに小袖を着せる。
そして、捻襠(ねじまち)仕立ての緋色の長袴を履き、その上から直接、唐衣を羽織った。だがちゃんと、唐衣の袖や裾には、単(ひとえ)、五衣(いつつぎぬ)、打衣(うちぎぬ)、表衣(うわぎ)が縫い付けられていて、腕を動かすと袖口からひらひらと鮮やかな色がこぼれた。

「どう、動ける?軽いでしょう」
「ああ。ちょっとした舞くらいは踊れそうだ」
「ふふ、そうよ、踊るのよ」
「は?」

そんなの聞いてない、と驚くネズミに有無を言わさず、沙布は装束を突きつける。

「はい、これも着るのよ。もうちょっと黙って立ってなさい」

唐衣の上から、スカートのような形の裳(も)を着付け、平安末期までの女性の正装に不可欠だった物具装束の、比礼(ひれ)、桾帯(くんたい)を付けた。

「よし、と。あとは髪ね、」

女雛の髪型は、大垂髪(おすべらかし)といって、後ろ髪を背中に垂らし、前髪にあたる鬢(びん)を大きく張った髪型である。そこに平額、釵子、櫛をさし、仕上げに宝冠を載せればできあがり。

「綺麗よ、ネズミ。上出来だわ。じゃあ、これを持ってスタジオに行ってね」

沙布は嬉しそうにネズミを褒めあげ、金糸や銀糸をふんだんに使った祝儀扇を差し出す。
ネズミは着せ替え人形の気分を味わいながら、渋々と扇を受けとる。

そろりと白足袋の足を踏み出しスタジオに踏み入ると、そこかしこで息を呑む音や感嘆の溜め息が漏れた。

ぞろりと長い唐衣と裳を引き摺って立つネズミは、凄絶に美しかった。
いつもより重い鬘を被せられて心持ち傾げた白い首筋が、色目の美しい襟首からのぞいている。

ネズミは視線をすばやく巡らせ、紫苑を探す。
そして部屋の隅に求めていた姿を認めると、不機嫌ゆえに細められていた鋭い目がふっと和らいだ。

「紫苑」

ネズミが笑いかけると、紫苑は真っ赤になりながら、すごく綺麗だよと消え入りそうな声で言った。
その声はネズミまで届かなかったが、ネズミには彼の言わんとすることが分かっていた。
今度は、自分の美しさを充分に自覚している計算された妖艶な笑みを唇にのせ、ネズミはしゃなりしゃなりと部屋の中央へ進み出た。


このあとイヴは、ポスターの撮影して、それから舞の指導されて、また後日どっかのライブで舞わされます。
あ、十二単で舞うとか、完全にオリジナルです、フィクションです。十二単はあくまで式典での正装ですから!
今回もWikipediaのお世話になりました。
十二単って素敵よね…着たいなぁ…


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