呼び声 2



あのまま一緒にいたら畑を無駄に傷付けそうで、それが嫌になって逃げるように教室を後にした。教室を出るときに見た畑の表情は、やはり寂しそうで、不安そうなものだった。

その表情は、嫌だ。

その表情を作っているのが、俺じゃなくて駒井で、それに畑は気が付いていない。だけど、それは自覚が無いだけ。

畑は鈍感だ。自分に向けられた好意も、自分が向けている好意の意味もスルー出来てしまうほどには畑は鈍感で、結構ヒドイ。だから俺が告げた言葉を忘れたフリも出来るし、本能的に理解している事柄にも蓋ができる。

畑は無自覚に、非道い。

本当は自分の気持ちを知っているのに。
本当は忘れてなんかいないのに。

唇を噛み締めて、屋上のドアを荒々しく開け放てば、そこにはモカオレンジの色彩を持つ小宮がいた。不思議そうな顔をして振り返り、俺の姿を見て笑う。含み笑い、だったと思う。身体を反転させ、俺としっかり向き合った。

「また荒れてるねー」
「…。」
「どーしたのー?」

小宮の呼び掛けに何も答えないでいれば、小宮は少し困ったように笑った。スカートの端を風に靡かせながら歩み寄ってくる小宮が、どうしてか酷く歪んで見える。理由がわからなくて首を傾げれば、ついに小宮が呆れた様に息を吐いた。

「な、んだよ」
「何かあった?」
「…べつに、なにも」
「服部君は嘘が下手だね」

言って、小宮の右手が徐に自分の方へと伸びてきて、あまりに突然なその行動に抵抗も出来なかった。白魚の指先が、そっと撫でるよう優しく目元を掠める。涙袋を曖昧な力で撫でて、小宮はまた笑った。少し、寂しく。

「泣きそう」

視界が、ぐにゃりと歪んだ。

「アマネ、」
「う、さいっ」

自分の名前を呼ぶ小宮の声が遠くに感じる。今目の前で、他から俺の涙を隠すようにして傍に居るのは小宮なのに。それでも頭で考えると小宮が遠退く。

苦しい、切ない、痛い。
何で俺は今泣いていて、どうして小宮のように笑えないのだろう。畑が俺じゃない誰かを好きでも、自分に振り向かせると、好きなままでいようと決めたのは俺自身なのに。どうしてこんなにも悔やんで、

「アマネ、今は私しかいないよ?」
「っ、…だから、なにっ」
「問題ないでしょ――泣いても」

違うよ、違う。そうじゃないんだ。ただ俺は嫌なんだ、嫌なだけなんだ。

なのに

「なんで…、」
「…」
「お、れっ…自分で、決めっ」
「…」
「っ…うっ」

ごめん、泣き縋ってしまう



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