沈む

 孤独とも寂寞とも違う、魂が痩せ細って肉体から乖離してしまったような言い知れぬ悲しさに、ただ戸惑い、誰にも助けを求められずにいた。吐き出そうにも、死んだ言葉の欠片さえ出ず、嗚咽が漏れるばかりでどうしようもない。言葉にならない言葉で腹は膨らみ、食べ物も喉を通らず、仕方なくベッドに横たわっている。
 電気の点いていない薄暗い部屋には、沈みきった心とは正反対に、柔らかい太陽の光が差し込んでいる。外から聞こえてくる、子どもたちの楽しそうな声が、黒い心を水底に沈めた。

 きっかけなんて、言うほどのものさえなかった。言うとすれば「魔が差した」「我に返った」そんなものだった。それだけのことが、自分の弱さ、優しさにも満たないぬるま湯のような甘さのせいで、どうすることも出来ずに板挟みになっている。自分で首を絞めているくせに、心の奥底に未練があって、力が入りきらないような、中途半端な苦しさが、自分を苛んでいた。
 我ながら馬鹿らしい。馬鹿らしいが、本当に、どうすればいいのか分からないのだ。誰かに話をするのも躊躇われる。そんな自分のはりぼてのような自尊心もまた、さらに自分の首を絞めていた。
 いつだって、自分の首を絞めるのは自分だ。足元に小さな円が描いてあって、いつまでもその中から動けずにいる。ここから離れるきっかけも、引いてくれる手が伸びてきたこともあった。だが、この醜い心と、鉛のように重い足が、ついに動くことはなかった。
 ずっとベッドに横たわっていながら、なかなか寝つけない。あれやこれやと思考を彷徨わせながら、ただ一点を見つめている。暗い部屋の中、パソコンの光だけが嫌に眩しかった。

**

 夢を見ていた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。口にはガムテープが貼られ、足と手首はロープで結ばれている。周りには知っている人が何人かいて、目の前には――
「あなたを誘拐しました。ちょっとした作戦のためだから、許してね」
 一面真っ白な、瓢箪のような不思議な形のアジトだった。言葉の通り、拘束するつもりはないらしく、手首のロープも足のロープも、口に貼られたガムテープも、気付けば溶けてなくなっていた。
 何も理解せず、白い部屋を歩きまわる。ちょうど体が通るくらいの細い穴を通れば、腰の高さほどに小さな丸い窓がいくつかある小部屋に着いた。ここはなんだろうか。ぼんやりと外を見た。
 理由は分からないが自分は誘拐されている。夢ながらそのことを、なんとなく飲み込んだ。

「君、誘拐されてた子だよね?」

 突然、後ろから声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、丸い眼鏡をかけた、若い男の人が立っていた。見ず知らずの人だった。
 ここで捕まってしまってはまずい。誘拐している人が、自分の知っている人たちばかりだったからか、そう思った。
「君、名前は?」
 どうしよう、と戸惑っていると、名前を尋ねられた。
「――」
 しどろもどろに答えたところでちょうど、目が覚めた。夢の中で呟いた自分の名前と、「大丈夫だよ」と抱きしめられたときの温もりだけが、心臓の上に残っていた。

**

 針金のようになってしまった、悲しい僕の魂が、まだふらふらと不安定に立っている。ただ、命の灯が燃えるように、柔らかく優しい炎が、僕の体を引っ張っていた。

 まだ、生きていられる。今日も危なっかしくふらふらと歩いては、また海の底へ沈んで行こう。悲しさが溢れて泣いてしまわないように、おまじないをかけながら。



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