ちがうふたりの、おなじゆめ
*いち*
ベッドに腰を掛け、ぼうっとしている。かれこれ十五分くらい。窓からはやわらかな光が差し込んで、外で囀る鳥たちの声が、少しだけ冷えた肌に沁みわたる。
絵に描いたような朝の風景。こんな朝はコーヒーのほろ苦い香りが恋しくなる。淹れようか、台所をぼんやりと見る。
「ん、んん……」
あぁ、ここから動いては、あの子が起きてしまう。コーヒーは、彼女が起きてからにしよう。
ベッドの上には、女の子が眠っている。真っ白な肌は、夜明けの空のようで、血の流れが感じられない。林檎のように赤い唇が少しだけ開いていて、すう、すう、と呼吸の音が聞こえるから、それで彼女が生きていることを知ることができる。そうっと静かに閉じられた瞼と、するんと伸びたまつ毛の下で見る夢が、しあわせなものならば、と、彼女の寝顔を見て、祈るこの時間が、たまらなくしあわせだ。
きれいだな、と思う。
彼女に流れる時間を、止めてしまいたい。そんな欲望が、わたしの中で渦を巻く。思わずそっと、首に手を伸ばして――。
ぎし、と、ベッドが音をたてた。ぱちりと、アーモンド型の目がひらく。今まで聞こえもしながった時計の針の動く音が、部屋に響く。きれいで、まっすぐな瞳が、不思議そうにわたしを見る。
なんでもないように微笑んで、前よりも伸びた髪の毛を撫でてやる。優しく目を細めて、彼女はまた、目を閉じた。
少し、悪い夢を見ただけ。彼女の髪の毛を撫でながら、誰にともなく、嗤った。
*に*
真夜中、風の音で目を覚ました。カーテンの隙間から見える空は真っ黒で、何も見えやしない。ごう、と窓の外で風が唸る。巨大な怪物が空を泳いでいて、ときどきその長い尾が、壁に、屋根に、叩きつけられているような、そんな妄想に囚われた。
隣では女の子が、今日も安らかに眠っている。彼女にはこの風の音など聞こえないで、しあわせな夢でも見ているのだろうか。
そう考えて、彼女とは違う自分が、なにか異質なものに感じられた。外では怪物が、わたしを監視しているのだ。窓の向こう、ちらちらと怪物の目玉が覗く。
こっちを見ないで。
助けを求めようと、彼女に寄り添おうとして、けれども彼女とは違う、化け物みたいな自分が、彼女の見ているしあわせな夢を邪魔する気がして、彼女に背中を向けて、布団を被った。
夢の中、何度も何度も、あの細い首に手をかけた。わたしはいつも泣いていて、あの子はいつも笑っていた。あの子を殺す、わたしが悪いのに、あの子はいつでも、それでいいんだよ、って言っていた。全部夢だ。ほんとうなら、あの子はわたしを嫌って、どこかへ行ってしまうのだ。夢だから、わたしがつくりあげた、幻でしかない。だから、それが悲しくてわたしは泣くのに、あの子はずうっと笑っている。ずうっと笑う姿が悲しくて、またわたしは泣いた。
全部、なくなってしまえ。
そのほうが、きっと楽だ。
そう思うのに、目が覚めたら、ほんとうの世界でもあの子は笑っていて、ほんとうの世界のわたしは、安心して、また眠ってしまう。
夜中に見た怪物も、全部夢の中に押し込む。そうしてようやく、今日もあの子のように、それでもどこか道化のように、笑えるのだ。
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