手紙

 空に浮かんだ真っ白な雲の間から、手紙が届きました。今からずうっと前に投函された、白い封筒の手紙。ずうっと、僕が読みたくなかった手紙。
 遠くで、空き缶の転がる音がする。夕日が、山頂に落ちていく。紅茶が黒く濁っていく。
 赤い表紙の本を、そうっと開いた。中身が真っ白の本は、いつも寂しげにぺらぺらと頁を捲っている。真っ白な頁の間に、真っ白な封筒を挟み込む。紅茶の葉は、水底で溺れ死んだ。カーテンの隙間から差し込む光は僕を殺す。明日が、やってくる。
 まどろみに沈んでは、夢を見た。暗くて、しあわせな夢。きっと、何もかもが嘘で、僕ら、それでもよかったんだ。瞼をもちあげれば、やさしい温度が、消えた。
 赤い表紙の本は、今日も泣く。封筒を齧っては、本棚の奥に隠れた。僕は今日も、本を見ない。あの子の声が、どこからか聞こえてくる。

 いつだって、何も見ていやしなかった。硝子の向こうの虚空を、ぼんやりと眺めているだけだった。いつだって、何も聞いていやしなかった。ヘッドホンの奥から、幻が流れてくる。全部、知っていたのに。
 夢の中の花畑で、二匹の蝶が踊る。ぶつかって、離れて、結んで、解けて。やがて一匹は焼け落ちた。灰になった蝶を放って、もう一匹は、空へ昇る。初めから、一人だったとでも言うように。それで、いいんだ。
 水の流れる音がする。波のように、たゆたうことができたなら。あの手紙の封を切らずに済むかもしれない。
 僕は、なんて小さいんだろう。

 手紙が届いたのは、なにも昨日のことじゃない。それはもう、ずうっと前から、ちゃんと僕のもとに届いていた。投函されたのは、なにもずうっと前のことじゃない。昨日だって、あの子はポストに手紙を入れたはずだ。届いた手紙は、なにも、一通だけじゃない。全部、そう、全部知っていたの。
 今日も赤い表紙の本に、手紙を挟む。本が手紙を齧るんじゃない。僕が、食べさせていた。愛おしくって仕方のない、大嫌いなあの子からの手紙。封を切るには、僕はあまりにもちっぽけだ。今日も、まどろみに溺れていく。
 僕には、正しくたまごを持つことができない。儚くて脆いそれを、抱きしめようとしては、何度も握りつぶした。ぐちゃぐちゃになった卵の殻は、心臓に何度も突き刺さる。また、僕が死ぬ。また、明日が来る。もしも、きみの手が、僕の首を絞めてくれたなら。
 紫の花が、風に揺れた。ティーポットの奥で、紅茶の葉が、ふわりと舞った。


 赤い表紙の本を、そうっと開く。白い封筒が、溢れてくる。零れたひとつを手にとって、ペーパーナイフで切り裂いた。壊さないように、震える手で、折りたたまれた便箋をひらく。


 今日は、月が笑っているよ。
 太陽は、今日もぼくを殺そうとするんだ。
 真っ赤な花は、あまり好きじゃないな。
 蒼い花は、好き。まるで、ぼくのようだ。


 空に浮かんだ真っ白な雲の間に、手紙を送りました。届くかな、届くと、いいなあ。まだ、消えていませんか。まだ、僕の手を、待っていてくれていますか。まだ、間に合うかな。大好きなきみへ、いつでもいいので、手紙をください。僕は、いつまでも、ここにいます。



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