誰にも届かない
...18


『リシュ……リシュ……!?』

慌てて呼びかけ、リシュの肩を叩くシャイレ。
リシュは、目を開かない。

必死に呼びかける。
それでも、また言葉は声にならなかった。
何度も何度も、リシュに呼びかけた。
一度も、声にならない。

シャイレはバンダナ越しに喉をつかみながら、叫ぶかのように、呼びかける。
どんなに頑張っても声を出せない自分に、苛立っているかのようだった。

リシュは、目を開かない。

シャイレは、リシュの上半身を抱き起こす。
掠れた息の音だけでも届けたいのか、リシュの閉じた目を見て、必死に呼びかけていた。
抱き起こしたリシュを揺すっても、閉じた目が開く気配は見えない。
どんなに頑張っても目を開かないリシュに、シャイレは強い不安を抱いた。
最悪の場合が、頭をよぎる。

『リシュ……リシュ……!』

呼びかけるうちに、シャイレの瞳が潤んできた。
自分の目に溜まってきたそれを、なんて呼ぶかシャイレは知っているだろうか?
シャイレは記憶にはないはずのその感覚にも気づかずに、呼びかけ続けていた。

シャイレの瞳に溜まった涙は、表面張力に耐えられずに、ポトリと落ちた。
涙は、リシュの頬に落ち、伝って流れた。
リシュが、泣いたかの様にも見えた。

「…………リシュ…………!!!」

突然発せられた声に、空気が震えた。
掠れてとてもぎこちない小さな声が、その空間に響いた。

シャイレが、驚いた表情を見せた。喉に手を当てる。
もう一度、声を出そうとしても、声が出ることはなかった。

リシュが、うっすら目を開けた。
シャイレを、見つめる。
シャイレもリシュを見つめる。

「……きっと……」

微かなリシュの声に、シャイレは耳を澄ます。

「……シャイレの……お母さんが、少しだけ声を与えて……くれたんだよ……」

何もできずに、そのまま動かないシャイレ。
リシュは、また瞳を閉じてしまった。



気がつくと、部屋のベッドにリシュはいた。
ベッドの外にシャイレがもたれかかっていた。

「……シャイレ……?」

すぐに、リシュの方を振り向くシャイレ。
リシュは、悲しげな微笑を浮かべていた。

「ごめんね……シャイレの伝えたいこと、聞こえなくなちゃった……」

シャイレは少し間をあけ、静かに頷いた。

「なんだかね……普通の音も、よく聞こえないんだ……

本当は私、耳が悪かったみたい。きっと……私の両親が殺されてしまったあの時から……」

シャイレは、何か言いたそうにリシュを見た。
何を言いたいのかも自分でつかめないまま肩を落した。

「……でも、全然聞こえない訳じゃ、ないから。」

シャイレは、また静かに頷いた。
二人の間を、いつもの静かな時が流れた。



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