春の噂は蔓延する

何がしたいのか、さっぱりだな。
笑顔を浮かべようとして苦笑にとどまった表情がしっかりと写真には収められて、征十郎は私のスマホを慣れた手つきで操作すると、用は済んだとばかりに返却して来た。送信済みのメールを確認すると、私が先ほどまで作成していたメールに写真が添付されて送信されており、満足げな征十郎の後ろ姿を見て、柳くんはどう思ったんだろうかとふと考えた。

「お前の許嫁によろしく、蛍」

いやに上機嫌だ。

*

帝光中を卒業して、進学先の高校の入寮日に合わせて京都へやって来たのはつい先週のことだ。元々荷物は少ない方であったし、必要なもの以外は実家にすべておいてきたこともあり、引っ越し作業もほぼ身一つでスムーズに終えることができた。京都というこの土地自体、自分の母の生まれ故郷。気疲れをすることも、気候が合わずに体調を崩すということもなかった。順風満帆な高校生活の始まりだ。

ただひとつ、赤司征十郎のことを除いては。

「今日、何だか征ちゃんの機嫌がよかった気がするのよねぇ」
「そうか?いつも通りだっただろ」
「どうだったかな〜〜気づかなかった!」
「あんた達はほんっとお気楽なんだから……蛍ちゃんはどう思う?」

部活後、寮生達は男女共同の食堂に集まって夕食を取る。1年生のうちから先輩方、ましてや異性と話している寮生は私以外に見たことがないが、これも部活の活動の仕方の特殊性故のことだ。気にしていたって仕方がない。
女子バスケットボール部でPGとして活動する傍ら、男子バスケットボール部ではちょっとした指導と会計に励む。加えて、生徒会役員ときた。完全に浮いていることは自覚済みだ。
明日は早く寮を出て新幹線に乗らなければならないから、今日は早く寝たいなぁ。
気持ち、いつもより急いで食事を口に運んでいれば、実渕さんから話を振られてしまった。ええと、何の話だったか。

「征ちゃん、今日の部活で機嫌よかったわよね?」

ああ、その話か。

『あれは単に機嫌がいいというか……いじりがいのあるおもちゃ見つけたって顔ですかね』
「あら。ってことは、蛍ちゃん絡み?」
『私の知り合い揶揄って遊んでたんですよ。部活前に』

そしておそらくその相手は今、完全に征十郎の手のひらの上で転がされている真っ最中だろう。柳くんも征十郎なんかに目を付けられちゃって、かわいそうに。
征十郎が何をしたいのかはさっぱりだが、部活前のあれは完全に柳くんをおちょくるのが目的だ。

「そうだったのね。今日はずっと蛍ちゃんを隣に置いて機嫌よさそうにしてるもんだから、どうしたのかしらと思って」
「明日は練習ハードなのかって部員がビビってたな」
『征十郎だって人間ですから、気分の浮き沈みくらいありますよ』

中学時代に比べて、その気分の浮き沈みもだいぶ減って、感情はより読みづらくなってしまったけど。内心で言い訳とばかりにそう付け加えながら、お箸を膳の上に戻してごちそうさまをする。
葉山さんが何か余計なことを口に出しそうにそわそわしているし、実渕さんもまだ何か聞きたそうだ。根武谷さんがバスケと食べること以外にあまり興味がないのが幸いしている。

じゃあ明日早いので今日はここで失礼しますと立ち上がり、膳を戻そうとしたところで、片手をぱし、と葉山さんにつかまれてしまった。膳の上の食器が、かちゃ、と音を立てる。

「なあなあ白藤〜〜赤司と白藤ってデキてんの??」
「ちょっと小太郎!!」

食堂は静まり返った。
……確かに、幾ら身内贔屓の目で見たとしても、私と征十郎の距離感はあまりに近いと思う。いつそんな噂がたってもおかしくはないとは薄々感じてはいたし、そんなものは周りの視線を見ていればわかる。

『いいえ』

だからこそ、はっきりと断言しよう。違うと。

『そういう噂話が流れているのは知っています。けど、私も征十郎もただの幼馴染ですし、お互い許嫁がいますよ。遠距離ですけど』
「えっ、許嫁?!」
『征十郎の許嫁さんは旧家のお嬢さまで可愛らしい方ですよ〜』

最後はおどけて話していると、朝食に征十郎がやって来るのが視界に入った。
面倒事になる前に出よう。絶対怒られる。

「あっ、ちょっと、蛍ちゃん!」
『私は午後から明日明後日までいないので。残りは征十郎に』

それではと今度こそその場を後にしたが、食堂がより騒がしくなったことは言うまでもないだろう。


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