柳の片恋

"高校進学おめでとう。柳くんの目は千里眼か何かなのかな?"

飾り気のないメールに添付されていたファイルを開き、そこに写る満開の桜の写真に思わず、ふと笑みを零した。
千里眼なんて俺は持っていない。が、そういった風に捉えるならば、俺のそれはどっちかと言えばあいつの"天帝の眼"、もしくは彼女の女友達の"未来予測"に近いだろう。
もちろん、これは彼女なりの冗談なのだろうが。
幸いと言うべきか、精市も弦一郎もまだ来てはいない。京都の桜が満開の確率…と自分が送信した言葉を思い出しながら、待ち合わせ場所である桜の樹の下、悠々と返信メールを作成した。

"褒め言葉として受け取っておこう。そちらは月曜に入学式だったと記憶しているが、代表挨拶はやはりあいつか?"
"今回はわたし"

予想が外れたことに括目して驚く。あの赤司家の子息が、1番でなくなったのか?それにしてはいつも通りの緩い彼女の雰囲気はおかしい。なら…と別の可能性を考えていると、メールの本文がスクロール出来ることに気づく。
続いていた言葉に、なるほどそれなら、と納得した。

"入学初日から生徒会長になるとは、なんともあいつらしいな"
"私は度肝を抜かれたけどね"
"何だ、また何か巻き込まれたのか"
"生徒会、男子バスケ部会計就任。またあだ名が参謀で定着しそうだよ"
"いいじゃないか、夫婦揃って同じあだ名とは"
"帰省やめようかな"
"すまなかった"

即レスで謝罪をして、やはりまだ彼女の特別にはなれていないのかと自覚する。所謂"許嫁"関係にある俺達だが、家同士が勝手に決めたことだからか何なのか、彼女はまだ俺には完全に心を許していない。
だが出会いは完全に偶然だった。今なら運命だったと言えるが、きっと俺がそんなことを言えば彼女は笑うだろう。バカらしい、と。
実家は東京と神奈川。
いくらかこちら側に近い場所に住んでいたとはいえ、遠距離恋愛だった。しかも俺の一方的な片思いだ。
それも高校進学を機に、京都と神奈川になってしまったのだ。そう毎日顔を合わせられる距離ではないし、何とか彼女の父親がこぎつけてくれた月1回の帰省だって、恋をしている身としては決して多くない。
まして、彼女は俺に恋愛感情を抱いていないし、彼女に想いを伝えるには、あの、彼女の幼馴染という大きな壁が立ちはだかる。前途多難過ぎるのだ。

それに彼女は、いや、彼女達は―――……

「蓮二!」

前方からかかった声に、はっと我に返る。いつの間にか最後の返信から、10分以上が経過していた。彼女からの返信は、ない。

「遅くなってごめん。途中で女の子達に囲まれちゃって…しかも真田がそれをいちいち注意するものだから」
「入学初日だというのに風紀が乱れてはいかんからな」

……怒らせて、しまったか?普段の俺からは想像もできないであろうぐらい内心では取り乱し、友人の会話が頭に入って来ない。いや、それよりも彼女に嫌われてしまう方が今の俺にとっては死活問題だ。
様子のおかしい俺に気づいたのか、蓮二?と再度俺の名前を読んだ精市の視線が、俺の手元の携帯に向かう。

"白藤蛍"、と明らかに男のものではない名前が送信者欄に書いてあるのを目敏く見つけた。

「白藤さん、って確か…」

精市が続けようとした時、俺の携帯がぶるると規則的に震えた。メールだ。もしや、と思い精市達の目の前で確認し、頬がゆるむ。

"明日、うちで入学祝いをするそうなので帰省します。父からお友達も呼びなさいとのことなので、学校に迎えを寄越すね。帰宅時間は結城さんに伝えてください"

彼女に会える。その時の俺の顔は相当情けなく緩んでいたと思うが、しかしそれも次の瞬間にはいつも通りに戻っていた。…いや、いつも通りとは言い難いか。
括目して添付されていた写真を目に焼き付け、押し黙る。脳内には"お友達"という言葉が躍っていた。

「ちょっと、どうしたの蓮二。……うわ、お友達って…意識されてないの?」
「…………」

本気で哀れむ精市と、何とも言えない顔をする弦一郎。

「…やはり前途多難、だな」

苦笑を浮かべる蛍の肩を抱くようにしたあいつが、写真の中、微笑んだ瞳の奥で牽制をしているような気がした。


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