立海大附属高等学校。神奈川県に位置する、中学、高校、大学までがエスカレーター式になっている附属校だ。 スポーツが盛んな学校で、特に中学の方は男子硬式テニス部は関東大会15連覇、全国大会2連覇という輝かしい記録を持つ。その中でも全国大会2連覇を遂げたメンバーは高校でもテニス部に入部しており、とても強いという話だ。 全てここの教師の受け売りである。 まあテニスどうのこうのはどうでもいいとして、私達が目を付けたのはその運動能力だ。運動部にしても並ではない能力を持っているし、これが兵士になったらかなりの即戦力だろう。まあ、なったらの話だが。他にも"王者の風格"だの"常勝が掟"だのと言っていたが、話半分に聞いていたのでそこら辺の詳しい事は知らない。人が壁の外の巨人と戦っているのにスポーツとはいいご身分だ、なんて決して思っていない。ないったらない。
「えー…この度王政の話があったように、巨人の正しい知識を学び兵士の志願を募るという目的で―――」
巨人学、という名前で授業をするらしいこの任務。先程まで私達を案内してくれていたその担当教師が説明しているのを聞き流し、体育館に集まった生徒を見渡す。シーナに住んでいる人間は富裕層が多いためか、やはり皆体格がいい。所々に見えるデ……リヴァイさん風に言うなら、"醜く肥え太った家畜以下の存在"が嫌な目をしているのが若干どころかかなり気になるが、後でみっちり扱いて嫌がらせしてやろうと思っているので今は放置でいいだろう。 巨人の餌になっちゃえばいいのに。一瞬そう考えるが、こういう奴らに限ってすっごい金持ちなんだよなと思い出す。……こいつらに媚売るとか、絶対に嫌だ。しかし一兵団員である私の個人的な意見を通す訳にはいかないので、結局は権力に屈するのだ。ああ嫌だ。ほんと嫌だ。
と意識をトリップさせていれば、目の前にマイクが差し出された。 ……何か一言挨拶を?えーそういうのほんとに苦手なんですけど…とはキース教官の前では言えないので、軽い咳払いと共に口を開いた。
『えー…調査兵団特別作戦班所属、秋野千尋兵士長補佐です』
ざわ、と体育館の空気が変わった。生徒ではない。事前に説明されて兵士事情を知る、教師だろう。気にせず続けろというキース教官の視線を受けて、他に何か話す事あったかなーと思いつつ続けた。
『先生方から話がありましたが、こちらのキース教官は1週間後にローゼに戻られます。キース教官は訓練兵団の教官をしておられますので、学ぶ事はたくさんあるでしょう。皆さんからしたら言葉がキツかったりするかもしれませんが、訓練兵になったつもりで頑張ってください』
よし、言えた。もう言う事もないだろうと振り返れば、キース教官がまだ続けろと目線で訴えてきた。え、えええ…。 ない頭を振り絞り、もっと何か、こう……!と考え始める。あ、そうだ、これ言っとかなきゃダメじゃん。
『指導に当たりまして、注意事項がいくつかあります』
全体を見渡してそう言った。
『巨人に対する戦闘の授業では、私共兵士が戦闘する映像を見せます。これには巨人、巨人に食われた兵士…おそらくシーナにいては見ないであろう……何でしたっけ?』 「残酷!残酷な描写、です!」 『…が、あるのでこの授業は希望者のみとなります。好奇心だけで来るなとは言いませんが、まあ、ある程度の覚悟はしておいてください』
女子生徒の顔色がわずかに青ざめた。
『それからこれが1番大切なんですが…私達は兵士です。縁あって教師の真似事をする事になりましたが、本質は変わりません。故に、教師にはあるまじき発言、行動をしてしまうかもしれない。そちらに関しては王政の偉い方にちゃんと許可を得ていますので、教育委員会だとか、PTAだとかに訴える等…無駄な事はなさりませんよう、忠告させていただきます』
一礼して、反応を見る。キース教官は満足そうだが、生徒達…の中でも何だか目立つ銀と赤色の髪をした生徒は驚いたように目を見開いていた。更に巨人学担当の教師が「あちゃー」とでも言いたげな顔をしているのを見て、何かやり過ぎたかもと今更ながらに気づいた。後悔しても後の祭りなのだが、それでも後悔するのを止められないのは東洋人、基、日本人の性なのだろう。 そりゃキース教官なんかは感じない訳だわ。
でもまあ、キース教官がよくやったと珍しく褒めてくれたので、いいとする。
キース教官が2年生を見るというので、必然的に1年生と3年生を見る事になった私。 流石に2学年も見るのでは教室を移動しなければならないというので、巨人学担当教師の後について廊下をぞろぞろと歩いていた時だった。
「貴様は何者だ!!」
懐かしい、けれどもう2度と経験したくはない懐かしい問答が聞こえてきた。キース教官、校庭で通過儀礼やってんのか……。 あれはやるべきなのだろうか?いやでも1年生とかやったら泣きそうだな。 思わずどんな様子か気になり立ち止まれば、私の後ろをぞろぞろついてきていた生徒達も止まる。巨人学の担当教師、蔵田さんがこちらを振り返った。その視線も、次の瞬間には校庭へ向く。
「―――立海2年男子テニス部所属!切原赤也っす!」 「違う!!貴様は豚小屋所属家畜以下だ!!」
あ、と思った瞬間には既に遅く、目をつけていた男子テニス部の切原赤也君とやらは、それはもうきれいに宙を舞った。キース教官が、殴り飛ばしたのだ。 背後で「ちょっ、」だの「赤也!?」だのと騒がしい声が聞こえた。先程も見かけた目立つ髪色の2人だ。その近くに鋭い眼光を放つ生徒を数人見つけながら、視線を戻した。 切原君の失敗は2つ。 1つはちゃんとした敬語を使えなかった事。もう1つは、―――この通過儀礼をなめてかかった事だ。
『あー……あれは痛い…』 「いや痛いじゃなくて!止めてくださいよ秋野さん!」 『やばくなったら止めます。心配はないでしょうけど…まあ、見ていてください』
向こうでは起き上った切原君に問答が続けられていた。
「っんで殴るんだよ!!アンタ、頭おかしーんじゃねえの!?」 「頭がおかしいのは貴様だ!教官に向かって正しい敬語も使えないのか?それにその態度!」 「うあっ、」 「男子テニス部だと言ったな?それがその世界ではどれだけ凄かろうが、今、この場では何の価値もない!いいか?貴様は豚小屋所属家畜以下だ!!」 「………っ、」
キース教官の言葉を復唱しない切原君。その気持ちはわからないでもないが、これは兵士となる事を仮定した訓練。ある程度は自分の感情を押し殺さねばならない。
「そうか、そんなに言いたくないか。ならば貴様は、巨人の餌だ!」 「………え」 「声が小さい!聞こえんぞ!!」 「…うるせえって、言ってんだよ!!」
―――ガッ!
赤い瞳に白い髪。あいつほんとに人類かよと思いたくなるような風貌で、キース教官に殴り掛からんとした切原君。別に放っておいてもキース教官は無事なのだが、元生徒として、放っておくのはどうかと思われた。 キース教官と、切原君。 その間にきれいに突き刺さった超硬質ブレードの刃を見て、キース教官の視線がその投げられた方向を向いた。
「…水を差す気か、秋野」
その睨みに、内心怖っと零した。
『滅相もない。ただ、そのままだと対人格闘術を使い始めそうで……相手、素人で子供ですからね?』 「フン、わかっている」 『なるべく穏便にお願いします。相手は巨人じゃないので』
誰かあれ回収してきてくれる?刃に触らないよう引っこ抜けば抜けると思うから。そう生徒を振り返り言って、歩き出した。 多分、今私がキース教官の近くに行ったら容赦なく殴られるか蹴られるかするだろう。 確かに邪魔はしたが、だってあれシーナの生徒じゃん?シーナの人間じゃん?一応最初に釘を刺したとはいえ、どこに何を言われるかわかったもんじゃない。なら私は大人のキース教官を止めるべきだ。 行きましょうと蔵田さんに声をかけて歩き出してもなお、キース教官の視線が外れない事に気づき、内心やべっと思って頬を引きつらせた。
「あの、秋野さんよかったんですか?シャーディスさん、こっち見てますけど」 『知らん振りしてください。私殴られたくないんで』
訓練兵団に自費で何か食べ物を送ろう、と思ったのはその会話内僅か数秒の事だった。
「立海大附属高校」
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