いつまでも上司に背を向けているのは失礼だ。振り向いて心臓を捧げる事を意味する敬礼のポーズを取ろうとして、リヴァイさんの「いい」という言葉に従った。

「え、っと……団長達の分もコーヒー淹れてきますね!」

あ、モブリットさん逃げた。私が待ってという言葉をかける間もなく、モブリットさんは速足で部屋を出て行く。見捨てられた。ハンジさんのとこの良心的存在とも言えるモブリットさんに見捨てられた…と若干ショックを受けたが、それもまあ、この幹部4人組の前じゃ仕方のない事だ。私もリヴァイさんの補佐なんて地位についていなかったら、まず、近づかないだろう。
エルヴィン団長はモブリットさんの後ろ姿をちらりと目で追い、次いで私の顔を見て困ったような顔で眉を下げた。いや、そんな顔されても…。スッと視線をさりげなく逸らした。
これは…あれか。今回の勅命に関してのお話か。
何も幹部総動員で話に来なくても…とは思ったが、王からの勅命ともなるとやはりそうはいかないのだろう。ハンジさんが団長達を席に着かせるのを横目に、私も話をしやすい位置に立った。

「うん?ああ、そんなに畏まらなくていいよ千尋。君も、席に座ってくれ」
『いや、幹部の皆さんと同じ席に着くというのは流石に問題が…』
「リヴァイ」
「座れ」
『了解しました』

団長は私がどんな人物なのかよくわかっていらっしゃるようで。リヴァイさんの命令に、返事を返して速やかに席に着いた。
怖いよ、団長もリヴァイさんも。向かい側にその2人とミケさん、こっち側には私の隣にハンジさんって…どんなポジションだよ!やっぱりさっき逃げてったモブリットさんに戻ってきてほしい。
何とか平静を保ち目線を上げれば、やっぱりきれいな笑顔を浮かべる団長がいた。
こりゃろくな事にはならないな。私も団長にならい、上の方々に媚びへつらう時用の笑みを浮かべた。

「さて、ハンジからはどこまで聞いたんだったかな」
「私は王政の勅命でシーナに行く事と、最初の1週間はキース教官がついて行く事を話したよ。で、そこにエルヴィン達が来たって訳」
「なるほど。…ここまではいいかな?千尋」

団長の言葉に頷いておく。今までのおさらい、という訳か。「それで、同年代の話で疑問を持ったんだな?」リヴァイさんの質問にその通りですと返し、いよいよ話を聞く態勢に入った。

「まず確認なんだが…千尋はウォール・シーナ内の出身でよかったかな?」
「おいエルヴィン、それから入らなくてもいいだろう。千尋の両親は俺の同期だったんだ、確認は取れている」
「ああ、それもそうだね。じゃあ…千尋、君は学校という教育施設に通った事はあるかね」
「学校?何それ」
「こちらで言う、訓練兵団みたいなもんだ。主に座学をやってるらしい」

リヴァイさんの説明を聞き「へえー」と納得したように頷くハンジさんの視線が、きらっきらとした視線が、こちらを向いた。若干頬が引きつってしまったが、ひっと情けない悲鳴を上げなかっただけでもほめていただきたいものだ。未だひくひくと引きつる頬をほぐすように、団長へと返事を返した。

『シーナ内では6年間ある小学校を卒業しました。それ以降はシーナを出たので中学や高校は通いませんでしたが、代わりに訓練兵団内でその勉強をしました』
「へえ、あの厳しい中でよく…中学とか高校って何?!」
『中学高校は小学校より上の座学の勉強をする所です。シーナでは小中まで教育を受ける事が義務になっていて、高校からが勉強したい者だけが進めるようになってます。…まあ、そこはシーナなんで、高校は行かないとクズみたいな事を世間的に言われますけど』

父と母をたやすく見捨てた親戚に「お前だけは両親のようにクズになるな」と言われて、私もこっちで中学高校の勉強をした。
もちろんそれを答える必要はなかったので、シーナの学校制度に「ふぉおおおおお!!!」と奇声を上げて興奮するハンジさんで誤魔化して口を閉じた。今日も貫いてますね、ハンジさん。

「確かに興味深い制度だが…ハンジ、頼むから落ち着いてくれ。それじゃあ、青春学園、氷帝学園、四天宝寺、立海大附属という学校を知っているかい?」
『…………』
「おい、どうなんだ」
『あ…多分聞いた事はあると思うんですけど…何分、もう6年は経ってるんで…』

記憶があやふやだ。何となく覚えている程度だが、"氷帝"というのはよく覚えていた。確か富裕層が集まるシーナの中でも、良家の子息子女が集まる学校だ。シーナの人間でこれを知らない人はいないし、何より調査兵団にいる以上はその氷帝の"跡部"という人物の名をよく聞く。パトロンにできないか、という話題の中で。
まあぶっちゃけ小学校しか通った事がないのだから、知識は団長達とそう変わらないだろう。知りませんと返し、団長の話の続きを待った。

「うん、そうか…。実は千尋はその4つの学校に行って、我々や巨人の事を教授しに行かなければならないんだ」
『ええ…って、そう言えばさっき仰ってましたね。なぜ、そんな話に?』
「名目上は巨人に対する知識を深め危機感を持ってもらうというものだが……あわよくば兵士を獲得し、パトロンを手に入れようというものだな」
「えっ、シーナの子どもを兵士に?」

無理じゃないのか?それは。思わず眉根を寄せる。
私が言えた義理ではないと思うが、シーナの人間は巨人に1番遠いせいか危機感がなくかなり平和ボケしているし、何よりシーナには巨人に関する情報がないに等しい。彼らの認識と言えば、精々「巨人?あー何かいるらしいね。見た事ないけど」程度だろう。パトロン云々はまあわかるとしても、兵士を獲得するというのは無理だ。いや、可能性を考えれば、いやでも…無理に等しい、と言える。
くそだろうが何だろうが、一応、彼らは富裕層の人間なのだ。子供が行く意思があったとして、家の親がそれを許すかどうか…。うちのように縁を切ったりだとか、無視したりだとかすれば別だが。

「それは無理でも体験させ、引きずり込んでしまえばいい。…どうやら上はそのような考えらしい」

へえ、それはそれは。何というか、兵団的には大変いい考えと言えるだろうが、富裕層の人間がよく口にする"道徳的"な事には十二分に反しているのだろう。私には何とも言えないが。

「…まあ、私達が何を考えようとも勅命だけはどうともならん。シャーディス教官は1週間しかおられない。成果を期待する」
『はっ』
「ねえねえエルヴィン、これって長期任務だよね?」
「ああそうなるな。ミケ、千尋に渡す用の必要書類を持っていないか?」
「ん」
『どうも。……うん?え、今から出発ですか』

ミケさんから受け取った書類に目を通し、そう呟く。確かにここからシーナまではかなり時間がかかるが、それでも今から出発というのはどうなんだ。そんなに急ぐ事なのか。
いや、兵団は常に人手不足だけれど。

「さっさと準備して行け。時々こちらから連絡を入れてやる」
「あっ、じゃあ行く直前にまたこっちに寄ってよ千尋!渡したいものがあるから」

早く早くと私を急かし、「一緒に準備しよう!」と腕を引いていくハンジさん。え、いや、ちょっと待ってほしい。何でリヴァイさんが時々連絡を入れてくれるんだとか、団長はどういうつもりなのかとか、ミケさんさっき人の匂い嗅いで鼻で嗤いましたよねとか、色々言いたい事があるんだが。しかしその巨人を相手にする腕の力は半端ではなく、尚且つ上司ともなれば振り払う事は出来ない。
対人格闘術なんて仕掛けた日には、私は兵士でいられなくなるだろう。
あれよあれよという間に支度を完了させられ、ハンジさんに説明をされ例の物を渡され、気づけば目の前には訓練兵時代に大変お世話になったキース教官。
更にさらに気づけば馬の上、シーナの壁、目の前の全校生徒である。

そんな訳で私は今、キース教官と共に、シーナ内の立海大附属という学校に来ているのだ。





「シーナ生まれ」



 



×