何でまたこんな事になってしまったのか。
生徒達の奇異の視線が集まる講堂のステージ上で、私は頬を若干引きつらせ思った。
普段は兵団の連中にもポーカーフェイスだの猫被りが上手いだの何だのと言われている私だが、実際はそんな事ない。いや、猫被り云々に関しては世渡りの処世術として両親に教わった事だから何とも言えないが、ポーカーフェイスだけは違うと断言できるだろう。彼らは西洋人、私は東洋人。単純に、身体の造形の違いから表情を読み取りにくいだけだ。
つまり私は何が言いたいのかと言うと、今回の任務、私があまり真摯な姿勢ではない事は同じ東洋人である彼らにはバレてもよかった…という事である。
私達への興味や知的好奇心をなくしてくれれば、早々に任期も終わるだろうから、と。そんなくだらない理由ではあるが。だけど哀しい事に、彼らは全く、微塵も気づかない。
そんな彼らの代わりに気づいたのは、一緒に今現在ここへ来ていたキース教官であった。
ギロッ、とそんな擬音がつきそうな睨みを1つ頂き、私はスッと視線を逸らした。そして笑みを張り付ける。
……シーナ内の青少年少女よ、頼むから私の任期中に問題を起こしてくれるな。キース教官の指導はもう受けたくない。訓練兵時代の胃痛は、もううんざりだ。





数日前。
ハンジさんに頼まれて巨人を璧外で捕獲し引き渡した時、お茶飲んできなよー的な軽いノリでおかしな事を話された。
いわく、私はこれからウォール・シーナに行くらしい。国王からの勅命で。
聞いてねえよ、そんな話。あの上司の下についてからすっかりうつってしまった口調で、何だその突飛な話は、とひどく驚いた。周りからはそう見えなかったようだけど。
最初はハンジさんの冗談かと思った。……だが、よく考えてみればハンジさんはこういった冗談を言う人ではない。他の冗談なら割とブラックなのでも何でもするけれども。だからこの話は真実味があった。
しかしそうなると今度は、なぜ私が国王の目についた?という疑問が上がる。シーナまで行って何をするんだという疑問もない訳ではないが、そっちより前者の方が私は気になる。普通、平凡な兵士だったら国王なんかの目につく事はない。ない、はずだ。調査兵団名物であるまずいコーヒーは、モブリットさんが淹れると割と美味しい。落ち着け私…とモブリットさんから受け取ったコーヒーを啜っていれば、ハンジさんが私の興味を引くような一言を放った。

「でさ、千尋も1人じゃ不安だろうからって事で、最初の1週間はキース教官が同行するって事で話がまとまったらしいよ?」

何てこった。思わず手を放してしまい、飲みかけのコーヒーを机中にまき散らしてしまった。幸い机上には書類がなかったが、そこら中が汚れる。モブリットさんが大丈夫ですか?とハンカチをくれた。
どこにどう話が通ってそうなった。人選が明らかにおかしい。まず私は、というか殆どの訓練兵だった人間は"教官"というもの自体が苦手だし、そもそもキース教官は訓練兵団の要である教官だ。そんな人が移動を含め、1週間以上も抜けていいのか。いや、いい訳がないだろう。私が信じらんねえと思って入れば、視線に気づいたのだろう、ハンジさんは「千尋にも苦手な人っているんだねえ」と笑った。いや、一応私も人間なんで。好き嫌いくらい、あるんで。

「志願制でエルヴィンが集めてたら、キース教官が自分で言ってきたんだって。いやー。好かれてるねえ千尋」
『…嬉しくないですよ。てか、訓練兵団の方はいいんですか、あの人』
「いんじゃね?上も許可してるんだし、特に問題はないって事でしょ。まあ、あの人がいるかいないかだけで訓練兵の心持はだいぶ変わると思うけど」

同感とばかりに頷いた。と言うか、その話はやっぱり決定事項なのか。キース教官と、シーナに行くとか…何だその罰ゲーム。
近い内にリヴァイさん辺りから説明でもあるのだろうか。国王からの勅命、なんて言葉からしていい予感なんてのは微塵もしないが、それでも出来るだけいい方向へ進んでほしいなんてしょうもない事を願ってみる。諦めは悪い方だ。

「顔が死んでるよー。そんなに同年代の子達と過ごすの、嫌かー」
『……え?』
「にしても何で千尋何だろうねー。やっぱあれかな、シーナ出身だし東洋人だし年齢近いし、女で人類最強の補佐とかやってるからかな?」
『え、いや、……は?ハンジさん今、同年代どうのこうのって…どういう事ですか』

何気なくハンジさんが零した言葉に反応した。どういう事だと聞き返せば、その答えは私の背後から返って来た。

「千尋にはその子達がいる学校に行って、我々や巨人の事を教授しに行くという事だ」

ぴたり。止まったのは私の動きではなく、コーヒーを注ぎなおしていたモブリットさんだった。
その表情から読み取る限り、私の背後に立つ人物達は、おおよそ私の想像している3人で間違いなさそうだと確信した。





「起」



 



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