足元に蟻がいた。黒く小さな、せっせと忙しなく、女王蟻のために働く蟻。
「独り占めしちまえばいいのにって、思ったことない?餌」
吉野はいつも、唐突に話を始める。仲間内での認識は、頭は切れるしいい奴だけど、ちょっと変わった東洋人。 その時も話は唐突で。でも私もそれなりの付き合いだったから、特にそれを咎めることなく、…どうだろうと極めて冷静に返した。
「お前らしいわ。…俺はさ、前まで結構そう思ってたのね」 『ふーん…傲慢だね』 「そう言うなよ、若き日の過ちだ。まぁでもなんだ、最近違うんだなって気づいたよ」
ここに入ったからかな、と吉野はそこを見上げる。
「違かったんだよ、全部。独り占めするって考えは、可能性の一つとしてあったんだ。けど、こいつら、それを選ばないだけなんだな」 『…蟻が?それを考えて、得策じゃないって諦めた?』 「うん。こいつらも、俺らと同じなんじゃねーかね」
木陰に差し込む日に顔を向け、両目をそっと閉じた。
「独りは怖い。…でも皆が一緒で、同じ終わりに向かって進んでんだ。なら、それでもいいかって思って進んじゃうよな。―――俺達は、弱い生き物だから」
なんとなく感傷的だ。数日前に同期が1人、巨人に喰われたことを気にしているのだろう。 私と吉野の違いは、それを敢えて表に出すか否か。そうリヴァイさんに言われたのを思い出し、少し考えて言葉を紡いだ。
吉野、私も想っているよ。
『……人間の、性?なのかね。ああでもここはそうじゃない人もいる。…東洋人の性、か』 「かもな。……なあ、千尋」 『なに』 「ひとりはこわい、よな」
怖かった、だろうな。 そう紡がれた言葉は、誰に宛てられたものか。
未だ輝く太陽を瞳に一瞬写し、眩しすぎてすぐに目をそらした。
『それでも―――のために、やるんだ。立ち止まったり振り向く暇は、ないよ』
悩み憂う暇などない。世界は平等で、幸せも痛みも悲しみも皆に等しくやってくる。―――だなんて、誰が決めた? 世界はいつだって独裁者のようで、必ず平等だったことなんて、一度もなかったじゃないか。
蟻へと視線を落とす。
『足を止めても何も利益はやってこない。それを知っているから、僅かな可能性にかけて、動くんだろうよ』 「…賢いな、働き蟻」 『人間よりよっぽど賢くて堅実だよ』
遠くでおいガキ共!掃除サボってどこ行きやがった!?なんて兵団の人の声が聞こえる。 あーあ、バレちゃったよ。なんて呟きながら立ち上がる。
「千尋、」
また呼び止められる。今度は何だとばかりに振り向いた。
「俺も、独りになるんかな」
暗い瞳。そこに、かつて見た彼の妹を見たような気がした。
「働き蟻」
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