大学生

もう書く元気が無くなった産物
続かないよ



大学に入学してからよく視線を感じるようになった。誰の視線かは分からない。だけど、その視線はただ俺を見ているだけで、いつもいつの間にか消えているのだった。

俺の両親はいない。俺が小学生の頃に交通事故で死んだ。その後は親戚の近藤さんが俺を引き取ってくれて育ててくれた。俺は義務教育が終わったら働いて今までの恩を返そうと思っていたのだが、近藤さんには断固反対された。今の時代最低高校には行かないとな、と笑顔で言われ、そのまま高校に通い、トシは頭がいいから大学に行ってもっと勉強してこいと言われ、結局大学に進学することになった。俺は勉強は嫌いじゃなかったし、そこまでしてくれる近藤さんの行為をバッサリ斬って捨てるのも気が引けたので大学に通う事にしたのだ。だが、やはり大学は金がいる。だから必死で勉強して全額免除をしてくれる大学を探した。そして見つけたのだ。それが俺が今通っている大学だ。
この大学は所謂お金持ち達が通う学校で、俺にはてんで場違いな場所だった。初めは受けるかどうか悩んだが、やっぱり受ける事にした。それでめでたく首席で入学でき、無事全額免除を奪い取ったのだ。
近藤さんには泣いて喜ばれた。正直凄く嬉しかった。ただ場所が今住んでる所から結構離れていたので、今は近くのアパートを借りて一人で住んでいる。

友人と呼ばれるに値する人間は俺にはいなかった。時々成績の事で突っ掛かってくる俺から見たらエリート坊ちゃんの奴はいるが、はっきり言って物凄く迷惑だ。それに今まで育てられた環境の差なのか、俺はあまり馴染めなかった。俺は普通に育った庶民その一だ。優雅な振る舞いや食事の仕方などの知識など知るはずがない。基本的な事は知っているが、それも日常生活に困らない程度だ。
それにこの大学には決して目をつけられてはいけない奴らがいるらしい。なんでも親が大手企業の社長やらお偉いさんやらで、学校側としても逆らえないから奴らの勝手を許してしまっている。それ故に奴らはやりたい放題らしい。中には真面目な奴もいるものの、特に今年の一年二人はヤバいらしい。名前は興味なかったので忘れてしまったのだが。
だから俺はなるたけ目立たないように過ごしている。目をつけられて面倒な事になるのは真っ平御免こうむりたい。俺に向けられた視線も、何も起こらなければいいのにと切実に願った。



***



俺、坂田銀時は小学生の頃から親に全てを強制されていた。やれ習い事に通え、やれあそこの学校に行けと俺はお前らの人形じゃねェんだって何度思ったことか。だから大学だけは親の力、言い換えれば金の力なんか借りずに入学してやろうと思った。首席で入学すれば、親もとい金の力なんか借りずに自分の力で大学に行く事ができる。狙うは全額免除の首席一枠のみ。元々頭のよかった俺は余裕だろうとたかをくくっていた。まさかこの俺が首席ではなく二番目になるなんて、考えもしなかった。
忘れはしない入学式。首席になるはずの俺に、入学宣言の申し出はこなかった。何故だなんでだと考えたが、答えは簡単なことだった。俺が首席ではなかったからだ。入学宣言をしたのは見たこともない黒髪の奴。最後に読み上げられた名前は絶対に忘れない。土方十四郎、俺は絶対にお前を忘れない。

結局親の金を少し借りて入学した俺は、一緒に入学した高杉や一個上の桂などに馬鹿にされる羽目になってしまった。そりゃそうだ、あれだけ俺は首席で入ると宣言してしまったのだから。

土方十四郎とはクラスは別だった。この大学に通う奴らはだいたい小中高をエスカレーター式に上がってきている。だから顔なじみの奴らが多かった。ただでさえ裕福層が多いので、社交パーティー等で顔を合わせることも多々あった。
だが土方十四郎だけは見たことも聞いたこともなかった。この大学において一人異質な存在にも感じた。初めは対抗心を燃やし、俺より上を行く事に疎ましく感じていたが、今はそれに劣らず興味がわいてきた。どこの誰だか知らない奴に、俺は負けた。だから俺は土方十四郎のことをもっと知りたいと思った。その日から俺の土方観察は始まった。

土方十四郎は一人でいる事が多い。というか一人でいる所しか見たことがない。一度目を離すと土方十四郎は確実に姿を消していた。一度姿を見失えば土方を探すのは困難になる。どこで何をしているのか、全くもって情報は不明。学食で待ち伏せしてみても土方十四郎が姿を現す事は一度もなかった。
時々見かける土方に、そのまた時々伊東とかいう奴が話しかけていることがあった。俺はすっごくムカついた。俺だってまだ話しかけた事のない土方に、悠々と話しかけるなんて。
苛々するこの感情の名はまだ知らない。



***



授業も全部終わり、荷物をまとめて家に帰ろうと思った。今日は伊東とかいう奴に絡まれた。俺は伊東がどうも苦手で、話しかけられる度対応に困る。また帰りにばったり会ってしまうのも嫌だし、俺は早く大学を出るべく足を急いだ。

今日の晩御飯は何にしようかとか、スーパーの安売りはいつだっけとか、そんな事を考えながら大学の門を曲がった。と、次に強い衝撃。考えながら歩いていたのが悪かった、どうやら誰かにぶつかったらしく、俺はそのまま尻餅をついた。


「ってぇ……」

「だ、大丈夫か?」


さっと俺の前に差し出された手。礼を述べながらその手を取ってぶつかった相手の顔を確認しながら立ち上がる。

(うわ……)

俺の視界いっぱいに広がったのは綺麗な銀色だった。どこの誰だか知らないが、俺は数秒間不覚にもその銀色に見とれていた。


「珍しい?」

「へ、は、あ……いや、あの」


笑いながら相手にそう言われ、思わず吃ってしまう。我ながら恥ずかしい。銀髪の男はクルクルと手で髪を弄びながら言った。


「これ、染めてないんだよねー。皆からも珍しがられるんだよな。しかも天パだし」


苦笑しながら言う男の言葉に、どことなくその髪にコンプレックスを持っているように感じられた。でも日光に当たりキラキラと光るその髪はとても綺麗で、俺は無意識のうちに言葉を紡いでいた。


「俺は、綺麗だと思うけど……」

「え?」

「あ」


パシ、と口元を手で覆う。何言ってんだ俺。恥ずかしくなって下を向くと、目の前の男がくすくす笑う声が聞こえてきて、ますます恥ずかしくなった。


「ありがと。そう言ってもらえると嬉しいよ。ね、所でさ、君この大学の人?」

「あ、ああ。そうだが」

「すっげぇ奇遇!俺もこの大学なんだ。坂田銀時、一年」

「土方十四郎、一年だ」

「よろしくな!」


名前までこの男にピッタリな名前だと思った。そしてその名前をどこかで聞いたことがあるような気がしたが、気のせいだと思い差し出された手を取った。

この大学にもこんな一般人じみた奴もいるんだなと安心した。あのあと成り行きで携帯番号とアドレスを交換して、その場を去った。いい友達になれたらいいななんて、今この時俺はそんな呑気なことを考えていたのだ。



***



まさか、まさかの偶然。土方が握り返してきた手を見つめる。こんなことってあるのだろうか。人生何があるのか分からないとはまさにこういうことだと思う。
あの時はあたかも土方の事を知らないように振る舞ったが、内心は凄く焦っていた。土方は俺の事なんか全く知らないだろうし、俺だけが土方のことを調べまくっていた事実を隠したかった。それに改めて今までの行動を振り返ってみると、後をつけていたのはさすがに気持ち悪い。ストーカーかよ俺は。
そしてメルアドをゲットしたのだ。これは大きな収穫。なにより凄く嬉しかった。土方にどんな友人がいるのか知らないが、あの大学内ではおそらく友人なんて呼ばれるはいないだろう。土方は常に一人で行動しているし、誰かと一緒に楽しく話している場面なんて見たことない。ということは、メルアドを交換してもらえた俺が一番土方と仲が良いと考えて妥当だろう。俺が自意識過剰なんかじゃなければだけど。

それにしても明日が楽しみだ。土方は俺に話しかけてくれるのだろうか。
と、そこまで考えて俺は思考を一時中断した。今まで土方のことはいけ好かない奴と思っていたのに、なんでメルアド交換しただけでこんなにも舞い上がっているんだ。まるで土方のことが好きみたいじゃないか。だけど心の中には入学当時に持っていたあの対抗心みたいな気持ちはなく、ただたんに純粋に土方と話せたことへの喜びしかなかった。


「………嘘だろ」


自分しかいない自室で一人呟く。土方の事が好き、というのは言い過ぎだと思うが嫌いではない。どちらかと言えば好きな部類に入っている。
あの俺とは正反対のサラサラストレートの黒髪とか、どこまでも真っ黒なあの瞳とか。俺の髪を綺麗だと言ってくれたこととか。その全てにドキリと胸が鳴った。どんだけ乙女なんだよ俺は、と思いながらもやっぱり明日が楽しみだった。
2011/12/30 01:48
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