胸に残る一番星 | ナノ

  この手の力になりたい


 潮のにおいと、海のいろ。凍てつく故郷のそれと違ってここ、ソルティコはどこまでもあたたかく、世界中が黒い太陽に脅かされるようになった今でも誰かが整備を怠っていないのか、浜辺は白く輝いている。さすがリゾート地といったところか。いつか平和を取り戻したときには、こんなあたたかな海もあることをマヤに教えてやりたい。最近になってようやく妹のことが頭に浮かんでも胸が痛むこともなくなったカミュは、自然と、ぼんやり、考えていた。そこで不意に名を呼ばれて、真っ白な塀にもたれていた身体を少しだけ起こしてその人物を見やった。

「どうした、イレブン。もう終わったのか」
「ううん、抜けてきた」

 少し苦笑いを浮かべながら、イレブンが自分の隣で同じように塀にもたれかかる。息抜きを兼ねてこの町にやってきた勇者一行は、おいしい名産品を求めて出かけた女性陣と、この町の領主の屋敷に向かう男性陣とでいったん別れた。ソルティコの領主ジエーゴはロウの旧友であり、グレイグの師匠でもあり、またシルビアの父とありゆかりがある仲間がたくさんいる。積もる話もあるだろう、と執事セザールが即座に軽食などを用意してくれた。皆は喜んだが、どうにも屋敷に固苦しい雰囲気は苦手だ、とカミュだけ遠慮してふらりと抜けて町へ出て、何とはなしにぶらぶらしていた。通りかかった店のガラス越しにご満悦そうな見知った顔が目に入ってふっと笑ったり、あとは冒頭のように妹のことを思い浮かべたり、それから、

「いいのか?」
「ちょっと考え事したくて」

 こんな風に、どこか遠い目をするようになった我らが勇者さまのことを、考えたり、していた。あくまでも軽さを装いながら、カミュは尋ねる。

「なんか、迷ってるのか?」
「うん」

 意外とあっさり頷くイレブンに、拍子抜けする。なんだ、大したことはない悩みなのか。

「実はね、ジエーゴさんに少しだけここで修行していかないかって誘われたんだ」
「…マジか」

 正確に言うならばシルビアの方からそう申し出たらしい。確かにジエーゴの強さは直接見たことはなくとも折り紙つきだ。この町を治めながら、多くの優秀な騎士を出してきた。何といってもシルビアとグレイグの強さがその証である。黒い太陽、もとい邪神に立ち向かう身としては願ってもない話だろう。

「数日だけならいいかなって思ったんだけど…」
「…けど、何だよ」
「……」

 塀のふちに置かれた右手をぎゅっと握りながら空を見上げるイレブンにつられ、カミュもそれを見、察した。
 −−黒い太陽、世界を闇で覆い尽くさんとするもの。邪神の存在を知ってからのこいつは、何としてでも倒さねばならないという強い意志に燃えている。勇者としては正しいのかもしれないが、ずっと隣で見ていたオレにとってはその炎は、こいつ自身すらも飲み込んでしまいそうに見えた。他の奴らだってきっと同じことを思っている。誰よりも息抜きさせたいのは、満場一致で強くなったはずなのに危なっかしい勇者さまだ。そんなオレたちの気も知らずにこいつは、恐らく修行なんてするよりも早く、アレに立ち向かいたい気持ちで迷いが生じているのだろう。しかし今の自分たちはまだまだ力不足だ。無茶をして挑んでも意味はないのだと、こいつだって痛いぐらいに知っているだろうに。

「…カミュ?」
「…焦ったって、仕方ないぜ」

 固く握り締められたイレブンの右手を解すように、ゆっくり一本一本広げる。あちこちに傷がつき、ずいぶんと逞しくなったこの手はオレたち兄妹を救ってくれた。だからカミュだって何としてでも、この手の力になりたい。今度こそ、何度だって。

「ジエーゴのおっさんは達人なんだろ?ちょっとの間でも鍛えてもらったら、きっともっと強くなれるさ」
「…うん」
「オレも、修行させてもらうとするかな」
「カミュも?」

 思ってもみなかったとばかりに目を丸くされた。確かに自分はずっと短剣使いで、イレブンやシルビアたちが使うような片手剣は今のところ少ししか扱えない。だからこそ鍛えてもらえたら戦術の幅も広がるだろう。

「片手剣も使えて損はないだろ」
「…そうだね。カミュも、一緒なら…頑張れるな」
「よし、いっちょやってみるか、相棒!」
「うん!」

 何だか久しぶりにイレブンと目が合わさったような気がして、この町に広がる海のように、爽やかな気持ちになった。


 その後、「勇者だからって手加減はしねえからな!覚悟しやがれ!」と言葉通りジエーゴにたっぷりとしごかれて、
「「お、鬼だ……!!」」
 と二人揃って叫んでしまったのであった。



お題「鬼」
180205

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