胸に残る一番星 | ナノ

  blossom


「兄貴見ろよ!すげえ咲いてる!」
「確かにこりゃすごいな……」

 平和になった世界を兄妹のんびり二人旅、風の吹くままに歩いていると一面花畑になっているところに遭遇した。色とりどりの花があちらこちらに咲き誇り、そよ風に揺られている。爛々と目を輝かせながら花の前にしゃがみこむマヤにふっと笑みが零れた。

「何だマヤ、花に興味あったのか」
「…まあ、こんなの金にも食い物にもならないだろうけどよ…」

 悪くないな、などと素直じゃない妹の頭をくしゃくしゃと撫でる。故郷では見られなかったものも感じられなかったものも、一つ一つ味わわせてやりたいと思う。

「なあこれ、なんて名前?」
「……んー……知らねえな」

 腰を屈めて覗き込むも、どこかで見たことはあるような気がするが名前は浮かばない。鍛冶に使える素材ならばすっかり知り尽くしているので、恐らくこれはただの花なのだろう。にししとマヤが笑う。

「なんだ、世界中旅したってのに、まだ兄貴も知らないことあるんだな」
「…そりゃあな」

 仲間と共に世界中を巡ったとはいっても、すべてを見知ったわけではない。あたたかな陽光のもとで、誰にもどやされずに、妹が何てことはないように笑っていて、こんなにも穏やかに過ごせる日々が訪れるなど――まったくもって、カミュは知らなかった。

「おっ、あそこに人がいるな。じゃあおれが聞いてきてやるよ」
「はっ?おいマヤ!」

 それほど遠くはないところで、自分たちと同じように花畑を見て回っている様子の人たちのもとへマヤはさっと駆け出した。旅を初めて最初のころは誰もかれもを警戒して自分の後ろを離れなかったのに、今やこれだ。困るような、微笑ましくもあるような。
 ふいに、相棒のことを思い出す。あいつも気になるものがあるとすぐにふらふら近寄っては、ねえカミュこれって何かな?などと無邪気に問いかけてきた。お尋ね者だというにのんきなものだ、とは不思議と思わず、むしろオレは自分が知っていることならば何だって教えてやりたくなったものだ。

「おーい兄貴!」
「っ、おう、聞いてきたのか」
「ばっちりな!これは…えっと、何だったかな…」
「ふっ、もう忘れたのか?」
「うー…、たくさん聞いたから全部は覚えきれなかったんだよ…あっそうだ!」

 あそこの木のやつは、“サクラ”って言うらしいぜ、兄貴。
 言われて視線をやると、いくつか並んでいる木々に、小さなピンク色の花が咲いていた。初めて見るものだった。ちらほらと足元に落ちている花びらは、あの木のものだろうか。何となく一つ、それを摘まんで拾い上げた。

「サクラ…か」
「にしし、今度勇者サマに会ったら教えてやればいいんじゃねえの?」
「…な、何でそこであいつが出てくるんだ」

 先ほどまで思いふけっていた人物があげられて不覚にもどきりとしてしまう。マヤは何か意図があるのかないのか、「別に?」と悪戯っぽく口角を上げる。

「兄貴だって知らねえなら、勇者サマだって知らないんじゃないかって思っただけだよ」
「……知らねえだろうな」

 ゆっくり花を見る機会も余裕も、あまりない旅だった。ソルティアナの花畑だって、きれいだと思うよりも襲ってくる魔物に気を取られていたのだから。
 木の元まで歩み寄り、下から見上げると鮮やかなピンク色が空を覆っていて、妙に迫力があった。風が吹き上げて舞い散る花弁には、心をざわつかせるものがある。不思議な花だ。後ろからついてきたマヤが、確かこいつはこの時期にしか咲かないらしいぜと呟く。

「そうか…じゃあ、来年だな」
「? 何がだよ」
「あいつに教えてやる機会さ」

 口で言うだけよりも、実際見た方が伝わるだろう。世界にはまだまだ知らないものがあるもんだぜ、相棒。お前と一緒に見た光景をマヤに見せて、マヤと一緒に知ったことをお前にいつか話せたらいいと思う。

「……兄貴ってほんっっと勇者サマのこと好きな」
「…別に、普通だろ?」

 一人でしんみりとしてしまったことが気恥ずかしくなってきて、誤魔化すように言うと、思い切りしかめ面をされた。

「まあいいや。それより腹へった」
「…まだ夕飯には早くないか?」
「さっき聞いたんだけど、もうちょっと先行くと何か菓子とか食べ物売ってる屋台?ってやつがあるらしいぜ! おれ、団子ってやつ食ってみたい!」
「はは、りょーかい」

 まだまだ花より団子らしい妹に笑いつつ、その屋台へと向かうことにした。



180404

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