胸に残る一番星 | ナノ

  食卓を囲みながら


「おぬしは何者なんじゃ?」

 さて、自分は何と答えるべきか。カミュは言葉に詰まり、少しだけ肩が強張った。


 やっとのことで手に入れた虹色の枝からは、大樹へ登るためには六つのオーブが必要なことが判明した。その内の二つはすでに、勇者の手にある。しかし他のオーブがどこにあるのか、具体的な場所はわからなかった。そこで世界中くまなく探すべく外海に出ることにし、次の目的地は内海と外海をつなぐソルティコという町になった。

「シルビア、また船を貸してもらえないかな……?」
「……あら、もちろんよ! それならまずは、船ちゃんを泊めているバンデルフォン地方へ戻りましょうか」

 というわけで、ユグノア城跡から小麦畑が広がるこの地に戻ってきたのだが、これからの船旅の準備を整えるために、今夜はネルセンの宿屋に泊まることにした。
 ……のはいいのだが。
 
 広大なバンデルフォン地方へ訪れた旅人が休めるための場所として作られたらしいこの宿屋は、さほど大きくはない。七人が一つのテーブルにつけば、もうぎゅうぎゅうだ。他に客がいなかったのは幸いか。とにもかくにもどうにもこうにも、カミュとしては少し居心地が悪い。話の輪に入ることもなく、黙々とパンとチーズをかじっていた。
 
「シルビアの船ってどんなものなのかしら? 私たち、個人の船には乗ったことないのだけれど……」
「とーっても大きいわよ! マルティナさんもおじいちゃんもきっとびっくりするわ」
「僕たちも、未だに船内で迷っちゃうもんね」
「おぬしは旅芸人じゃったかな。船を所有しているとはたまげたのお」
「ふふふ、乗り心地は保証するわよ〜! アリスちゃんに聞いたら、明日にはもう出発できるみたい」
「では、明日からまた船旅ですね、ふふ」

 その言葉を端で聞きながら、内心ほっとする。あのデカいシルビア号内ならば、もう少し気が楽だろう。

 今までキャンプ飯を適当に作って食べるか、安いバーカウンターでしけた料理を注文するか、だいたいどちらかの旅だったのだ。こんな風に大勢でひとつの食卓を囲むなんて、慣れないことこの上ない。気心が知れたメンバーならまだしも、今は仲間になったばかりの二人もいるものだから、余計に。
 変な話、ユグノア城跡で追っ手から隠れていたときよりも、カミュは妙な緊張をしていた。

 ……あいつは、どうだろうか。

 カミュの斜め前に座り、ロウとマルティナに囲まれているイレブンをちらりと視線をやる。名前の呼び方や話し方、浮かべている笑みもぎこちなさはあるものの、生き別れになったこの一六年間を埋めていくように、少しずつお互いのことを話しているようだ。

 あいつの家族が生きていてよかった、とは心から思う。しかし一気に判明した事実を受け止めきれているだろうか。どこかムリはしていないか、なんていらぬ心配かもしれないが、昨日からイレブンとあまり話せていないせいで気にかかってしまう。

 野菜のスープをすすりながらそんなことを考えていれば、ふとイレブンと目が合ってしまった。

「カミュ、どうかした?」
「……いや? 何でもないぜ」

 咄嗟にそう言ってしまったが、自分の分の皿を空にしてしまえばあとは手持無沙汰だ。先に部屋に戻ろうか、と腰を浮かしかけたところで「ねえ、カミュ、といったかしら」と呼び止められた。――マルティナだ。

「キミに聞きたいことがあるのだけど」
「……オレか?」
「ええ」

 顔を見れば自然と武闘大会で対峙したことが思い出される。しかし仮面がない今は、キツイ視線がよりダイレクトに刺さってくるようだ。強烈な蹴りをお見舞いされる前の、時が止まったような空気に息を呑む。

「単刀直入に聞くわ。他のみんなからは聞いたけれど……キミはなぜ、イレブンについてきているの?」
「……」

 何となく察しはついていたが、こんな風に直接、それも皆の前で尋ねてくるか。マルティナの隣にいるイレブンの方が、驚いたように目を見開いている。姉妹やシルビアも同じように、食べる手をぴたりと止めた。

「……そうじゃな、それはワシも気になっていた。カミュよ、おぬしは何者なんじゃ?」

 そう問うてきたロウの目も、静かに据わっている。勇者の、ユグノア王子の、何より愛する孫のそばにいる者が何者か――かつてはユグノア大国を治めていた先王であり、そして今は一六年前の真実を追い求め、果てなき旅をしているロウは、見定めようとしているのだろう。そして、マルティナも。

 さて、自分は何と答えるべきか。カミュは言葉に詰まり、少しだけ肩が強張った。

 ベロニカとセーニャには勇者を守る一族の使命があり、その魔力の強さは二人とも折り紙つきだ。シルビアは旅芸人として知名があり、確かな剣の腕と、それにあんなデカい船だって持っている。

 ならば自分は、どうだろう。あいつに何をしてやれるか。オレは、何のためにあいつのそばにいるのか。改めて問われれば、何と返せばいいのかわからない。己の過去も素性も明かさぬまま、預言に従ってついてきただけだった……初めの頃、は。今はそれだけではなくなったとしても、この二人を前にハッキリ述べられる理由など、ないに等しい。

「オレは……オレの名前は、カミュ。それ以上も、それ以外もねえよ」

 そう言えば案の定、怪訝な顔をされる。こんなやつが大事な勇者のそばにいたら怪しまれるかもしれない、ふさわしくないかもしれない。

 だけどカミュはまだ言えない。抱えている罪も、勇者と……イレブンたちといれば、何か果たせるかもしれないと思って旅を続けていること。本人にすら、明かせない。話せないうちは構わないというイレブンに甘えているが、これでロウたちに何か咎められたら、それまでだった。

 さて何と返ってくるか身構えていたら、

「カミュは僕の相棒だよ」

 重くなった空気を切るような一言が、静まり返ったこの場に響く。

「カミュは出会ったとき……僕がデルカダールで捕まったときから、ずっと助けてくれたんだ。動けないときは引っ張ってくれたし、つらいときに支えてくれた。僕ばかりがもらってばかりだけど、それでも相棒だって言ってくれたから」

 だから、カミュは僕の相棒だよ。

 ……そんなことを言ってくれるのか。勇者さまは、ほんとうにお人よしだ。

 イレブンが聞かせているのは、両隣にいるロウとマルティナなんだろうが、恐らくは自分の方がドギマギしている。

 ふたりで脱獄したあの日から、共にいるワケを隠したままのカミュを、ずっと信じ続けてくれている。最初はふたりぼっちだったからもしれない。誰でもいいから縋りたかっただけかもしれない。しかしあのときのような弱りきった顔も見せなくなり、頼りになる仲間が増えた今でも、同じように思ってくれるのか。

 イレブンが、おもむろにカミュを見つめる。澄んだまなざしは、そこにカミュを脅かす意志など欠片も存在しないのに、思わずみじろいでしまった。

「カミュ」
「……」
「えっと……僕はそう思ってるけど……きみはちがうのかな……」

 黙り込むカミュに対し不安になってしまったのか、さきほどとは打って変わって子犬みたいなカオをされた。カミュは少し呆然としていただけで、イレブンのことばに異を唱える気などないというに。おいおい、そこで自信をなくすなよ。何だかおかしくなって、笑ってしまう。

「……ちがわねえよ」
 そうだ、オレはお前の相棒だ。お前がそう望むのならば、いつだって。

「……そっか、よかった」

 すると緊張の糸が解けたのか、仲間たちからも続々と声が飛んできた。

「そうね、カミュのことなんて別に心配することないわよおじいちゃん。あたしを子ども扱いするのは気にくわないけど、まあ実力は認めてやっていいわ」
「イレブンさまだけでなく、私たちのこともよく気遣ってくださる優しい方ですわ」
「こう見えてしっかり者なのよお。一人で突っ走ることもあるのはよくないけれど、それだけイレブンちゃんのことを思ってるのよね、カミュちゃんは」

 おいおいおい、急に何なんだおまえら。みんなして自分を恥ずかしい呪いにかけようとでもしているのだろうか。ベロニカのしたり顔も、セーニャの微笑みも、シルビアのウインクも、見慣れたそれらに胸をつかれる。カミュが何も口を挟めないでいると、畳み掛けるようにイレブンが言う。

「世界を救うっていうのは、まだ、実感がわかないけど……僕は、僕を信じてくれる仲間を守りたいって、カミュの相棒で在りたいって、今は思うんだ。……不純かな」
「イレブン……」
「……ほっほっほ。イレブンよ、何も不純ではないぞ」

 ずっと黙って聞いていたロウが、白ひげをいじりながら朗らかに笑い出す。

「隣人や友、家族、仲間……大切な誰かを守りたいという思いが、いずれ世界を守ることにつながる……ワシはそう信じておるよ」
「……うん。ありがとう」
「……」

 慈しみ、というのはカミュには無縁だったが、ロウがイレブンに向ける視線や声は、きっとそう呼ぶものだろう。イレブンが安心したように息を吐く。

「……さて、すまんのカミュ」
「……え?」
「おぬしが悪い人物でないことぐらい、見ていればわかっておったんじゃが。のう、姫よ」
「……マジか」

 最初からそんなに厳しい目で見られていなかったのだろうか。怪しまれている、というのが自分の思い過ごしだったのならば、脱力する。いや、イレブンがああもハッキリと言ったからこそ、なのかもしれない。

「ええ、ロウさま。……少し意地が悪かったからしら。でも戦いのときによそ見するような坊やが相棒だなんて、ちょっと心配だったの。……問題ないようなら期待してるわ、カミュ」

 マルティナの方も、いい仲間が出来たのねイレブン、と口元に笑みを浮かべていた。

「ふふふ、良かったわねカミュちゃん。イレブンちゃんも♪」

 横のシルビアから肩を叩かれ、イレブンがうんと頷く。先程から一転、すっかりやわらかであたたかな空気に変わり、それは喜ばしいはずなのにむずがゆい。

 ああまったく勇者さまを筆頭に、このご一行はどいつもこいつもお人よしだ。だがその中の一員であることを、悪くないとカミュは思うのだった。


「そういえば、マルティナさんに負けて予選落ちしてたわねアンタ。こればっかりは弁明できないわ……」
「まあお姉さま、カミュさまだって頑張ってましたのに」
「そうだよベロニカ、カミュもかっこよかったよ」
「……そこ、別にフォローはいらないぜ、相棒。セーニャもな……」

 ……それにしても、キャンプとは違ってすぐに顔色が知られてしまうような食卓は、やっぱり少し遠慮したいかもしれない。

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