胸に残る一番星 | ナノ

  カミュは絶望出来なかった


「しかし将軍、悪魔の子がわざわざ仲間を助けに来ますかね?」
 兵士が口にした疑問に、その将軍は余裕綽々といった様子で答える。

「フン、利用価値がまだあればそうするだろう。なければ見捨てるだろうな」

 仮に自分たちだけで逃げようとしたとしても案ずることはない、港側も町の入口も見張っているのだからここからは出られまい、と。なるほど! と感服した様子の兵士たちとは違って、カミュはというと縛られている真っ最中だのに思わず笑ってしまいそうになった。

 彼―イレブンにとって自分は利用価値があるかといえば、恐らくはないだろう。二人旅だった頃と違って頼もしい仲間も増えた今、捕まってしまったカミュをのこのこと助けにくるメリットなど何もない。
 
 …なんて、あいつがそういう風に考えていたら、よかったのにな。
 他人を利用できるかどうかだけで接し、価値がないと判断すれば切り捨てる。そんな人間だったら、もっと要領よく生きられただろうに。しかしイレブンが、こいつらに呼ばれているような本物の悪魔の子≠ナあれば、カミュはきっとあの日共に崖から飛び降りてないし、今ここにこうしていない。
 
 
 迫りくる黒い魔法の球から庇ったのは咄嗟に体が動いたもので、そのあとにイレブンの手を振り払ったのは、確かなカミュの意思だった。

「いやだっ…! カミュ! カミュ……!!」
 記憶に新しい、ぐずる子どものような声。空を切る伸ばされた手が、忌まわしいあのときを思い起こす。

 ああ、オレはまた選択を誤ったんじゃないか。

 そんなことを思ってしまうこころを、冷静なアタマが反論する。あまりに多勢に無勢なこの状況、すっかり怯えた町人が協力してくれるわけもなし、海に囲まれたこの町で、追っ手を振り切って逃げるのは難関だろう。

 ひとまずでもいい、ダメージを負ったカミュなど放って、とにかくこの場から逃げてほしかった。そうしてカミュの目論見通り、一時的にでもデルカダール兵らから目をくらますことは出来た。今ごろ恐らく彼らはどこかに身を潜めて、……何を思っているだろうか。

 ベロニカは、せっかく加勢したのにも関わらず捕まったカミュに呆れ果てているかもしれない。まだ自分たちのことを深くは知らなかったはずのシルビアは、一人このことに関係ないのだから見限ったかもわからない。それから、一緒に逃げていたあのふたり。

 仕方なかったとはいえ、傷つけてしまった。くしゃくしゃに顔を歪ませて、見るからに狼狽えたまま動かないイレブン。そんなイレブンをむりやり引っ張って、連れて行ってくれたセーニャ。恐らくはカミュの意を汲んでくれたのだろうが、心優しい彼女にとっては苦渋の決断だったのではないか。有り難く、そして申し訳ない。
 
 先ほどから、じくじくと痛みが襲い続けている。柱にキツく縛られた体よりも、魔法攻撃をくらった胸元よりも、その奥の奥、心臓がひたすらに痛む。
 
 ごめんな、ふたりとも。あれがあのときオレに出来る精一杯だった。お前たちが傷つく必要なんて、どこにもないんだ。いいやもしかしたら怒っているかもな。だとしたら、こんなひどいヤツのことなんか、気にせず置いていってくれて構わないんだぜ。

 
 思考がぐるぐると回る。いっそ拷問でもされれば、口を割る気はさらさらないにしても気も紛れるというものの。近くにいる兵士どもは見張りはすれど、こちらに関心を払う様子はあまりない。高みの見物といった様子で構えているあの将軍に至っては、こちらに背中を向けたまま、一瞥すらしない。カミュとてデルカダールの国宝を盗んだ張本人、というか今まさに懐にレッドオーブを隠し持ってるというのに。それを助かったと思うよりは、変だ。どうにも腑に落ちない。

 何故そこまで悪魔の子≠ノ拘るのか。デルカコスタ地方まで追ってきたもう一人の将軍もだが、まるで奴らは憎んでるかのように、悪魔の子を捕まえることに躍起になっている。イレブンが奴らを恨む理由はあれど、恨まれる理由なんてないだろうに。

 ふと、無残に焼き払われた小さな村が、脳裏をよぎる。ぞっとするほど残酷で、何も知らないカミュですら怒りと吐き気が込み上げたあの光景。勇者を育てたというだけで、村ひとつあのような目に合わせた奴らのことだ。今は人質として縛られているだけだが、いずれは自分も見せしめに殺されてしまうのではないか。

 バレないように、目線だけで周囲を見やる。見張りが数人。兵士に命令している将軍が一人。町中には、ここからパッと見ただけでもわかるぐらいに兵士どもがうようよといる。ここコンテスト会場の後ろには、どこまでも海が広がっていて。例え縄抜け出来たとしても、まだ胸の傷が疼く中、それも初めて訪れたこの町で逃げるのは危ういか。

 一人、ならば。

 そこまで思い至ってカミュはまた笑ってしまう。お前だけでも逃げろと振り払った手が、再びこちらに伸ばされることを想定しているなんて、我ながら虫がよすぎるものだ。しかし逃げてほしいと思うのは本当で、あいつは助けに来ると信じているのもまた、本当だった。

 こんな身動きも出来ない絶体絶命の状況で、恐怖を感じることも、諦めることも、絶望もしていない。
 だってカミュはもう、地の底で出会った奇跡を知っている。
 悪魔の子などと呼ばれた勇者が実際はどんな人物かなんて、この場にいる誰よりも知っている。

 だから、…すまねえ、相棒。オレはお前を、信じているぜ。




190323

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