胸に残る一番星 | ナノ

  ベロニカは腹を立てていた


 ベロニカは腹を立てていた。
 今にも泣きそうになるのを気丈に堪えている妹に、お姉さま、と呼ばれる。小さくなってしまったこの手にも馴染んできた杖を強く握りしめながら、大丈夫よ、と返す。あの男はこんなところでやられるタマではない。そうよ、大丈夫なんだから。……だよね、カミュ。


 ドックが閉鎖されて船が出せないというので、女三人でショッピングしつつケーキ屋さんに行ったときのことだった。隣のテーブルに座る女性が悪魔の子≠フ噂話をしていたのだ。またか、と思いながらタルトを頬張っていた。

 ここダーハルーネは港町のせいか、とかく人の行き来が激しい。そして人の数だけさまざまなものが流通しているのだ。例えばここのおいしいスイーツも、かわいいけど自分にはサイズが合わず買えなかった靴も、根も葉もないデルカダールが流している噂も。玉石混合である。

「最近よく耳にするけれど、実際何をしたのかしらね、悪魔の子って」

 ハンカチで口元を拭いながらシルビアが不思議そうに言う。セーニャは幸せそうな顔から一転曇らせたが、ベロニカは動じずにストレートティーを飲み干した。仲間になったばかりの彼ないし彼女には、まだ話していない。誤解と自分たちの現状はそろそろ伝えるべきなのだろう、と思うが少なくとも人目があるここでは止めておいた方がいいだろう。

 現状、とは言ってもどうしてデルカダールほどの大国が、勇者を悪魔の子などと糾弾し追いかけているのか全くの不明だった。ベロニカにはそれが間違っていることしかわからない。だってベロニカがよく知るその青年は、里で語り継がれているような立派な勇者様ではなかったけれど、へなちょこだったり妹同様に呑気なところもあるけれど、真っ直ぐな心根を持ったやさしい子だ。出会ったばかりの自分たち姉妹のことも、守れるように頑張るね、と笑んでいた。守るのはこちらの方なのに。僕を信じてくれてありがとうと、どんな気持ちで彼―イレブンは言ったのだろう。

 きっとイレブンが置かれている状況を、正しくは理解していなかった。
 誰が追っかけてきたとしても、あたしの魔法でとっちめてやるわ、と軽く思っていた。勇者を守るという使命を持つ自分たちは、正しい側にいるのだと、心から信じていた。今だって何も疑っていない。
 だから、ベロニカは腹が立っていた。まるで勇者が極悪人であるかのように仕立てられ、理不尽な謂れを受けているこの状況に。そしこの状況を招いた一因である自分自身の認識の甘さに。

 ―あいつは、わかっていたのに。
 今思えばやたらと人目を気にしていたこと。勇者や自分が目立つのを恐れていたこと。せっかくの催しものなどに興味を持たずに先を促していたのも、追っ手のことを危惧していたのかと今ならわかる。
 そしてベロニカは初めて知った。周囲すべてが自分たちを悪者と見做している恐怖。それまで普通に接していた町の人たちから、怯えや嫌悪感を寄せられながら逃げ惑う心細さ。妹であるセーニャや守るべき勇者がいるからこそ背筋を伸ばしているけれど、一人であれば耐えられていたかどうか。
 あいつが守っていたのは、勇者の身だけではなかったのだ。そんなこと、何ていまさら。


 何も言葉を発さずに俯いているイレブンは、何を考えているのだろう。いつも隣にいるあいつが―カミュが、彼を庇って敵に捕らわれたことに、心中穏やかではあるまい。イレブンがカミュをどれだけ慕っているのかなど、それはよく知っているベロニカは、だからこそかける言葉が見つからない。彼がいま欲しているであろうものを、自分は与えられない。セーニャは先の戦いで傷ついたぶんを癒していて、シルビアは頼もしく笑って慰めている。ならば自分は、何を。

「イレブン」

 声をかけてもいつものように応えてくれない勇者の両頬を、伸ばした手で思いっきり掴んだ。今ばかりは、小さな姿でよかった。ああやっぱり、あんたも泣きそうな顔をしているじゃない。途方に暮れた迷子のような表情なんて、とても悪魔の子≠ェするものではないのに、わからないあいつらは大馬鹿ね。

「ねえ、聞いてちょうだい、イレブン」

 俯いたままの虚ろな目に、ベロニカが映る。あたしまでらしくない顔してて、まったくいやになっちゃうわ。思わず逸らしたくなるが、ひとつ、深呼吸して、しっかり目線を合わせた。

「あんたが今、するべきことって何?」
「……!」

 癒しでも慰めでもなく、ただ静かに問う。落ち込む気持ちも悔しさも怒りもやるせなさも、痛いほどわかる。それでもそれらは後回しにすべきなのだ。千々に乱れた感情を抑え込み、しなければいけないことを見据え、行動に移す。そう出来なくさせているものがあるならば、遮るものがあるならば、―むりやりにでも取っ払おう。

「ベロニカ……僕は……」
「恐れることはないわよ。あんたは一人じゃないんだから。セーニャだってシルビアさんだって、それからこの天才魔法使いのベロニカさまだっているんだから!」
「……っ」

 きっとカミュだって待っている。自分たちが助けに来ずに逃げることを想定しているようであれば、とんだ思い違いをしていることを知らしめてやるのだ。あの偉そうにしていた将軍にも一泡吹かせてやりたいところだが、まずはカミュの救出が先だ。

「お姉さま…」
「ベロニカちゃん…」
 黙って見守っていた傍らの二人が、うんと頷く。

「カミュさまが捕まってしまったのは、私にも責任があります…。だから必ずやお助けしましょう、イレブンさま」
「ベロニカちゃんの言うとおりよイレブンちゃん、アタシたちがついてるんだから! さあ、反撃開始よ!」
「みんな…」

 イレブンがようやく顔を上げた。絞り出すような声でありがとう、と聞こえたが、礼を言うにはまだ早い。そうベロニカが言えば、ほんの少しだけ笑ってみせた。

「―行こう。カミュを、助けに」

 そのことばに、再び皆で頷く。連れ戻すわよ、あんたの大事な相棒。あたしたちの仲間。…待ってなさい、カミュ。
 
 そうして四人で、兵士らが見張る町へと繰り出した。





190310

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