胸に残る一番星 | ナノ

  The calm before the storm


「あらイレブンちゃん、それってラブレター?」
「ち、違うよ!」

 せっかく町にたどり着いたというのに、夜はキャンプをすることになった。ダーハルーネで出会った少年のノドを治すべく、ここ霊水の洞窟に来たはいいものの、清き水があるらしいところはまだ奥深くになりそうだからだ。途中にキャンプ地があって助かった。

 川が流れているこの洞窟は地面もしっとりと濡れていて、うっかり足を滑らせイレブンは転んでしまった(カミュが笑って手を貸してくれた)。泥がついてしまったコートは川で軽く洗ってたき火の前で乾かしているが、荷物は汚れていないか鞄の中をチェックしているとシルビアに覗き込まれてしまった。あれからもう一つ頼まれた手紙をラブレターなどと勘違いされて、慌てて否定する。

「ソルティコに届けてほしい、って頼まれただけだから」
「…ソルティコに…」
「シルビアは知ってる? その町」

 名前を聞いたこともなかったその町は、世界地図で確認したがダーハルーネからそう遠くはなかった。海の向こうの、どんなところなのだろう。世界を股にかけているらしいシルビアなら知っているかな、と何気なく疑問を投げる。

「…そうね、とーっても素敵な、いい町よ」
 届けてあげるなんてさすがイレブンちゃんは優しいわね、とにっこり笑うシルビアだが、一瞬固まったように見えたのは気のせいだったろうか。

「そうなんだ。いつか行けるかな」
「…そうねえ、虹色の枝を持った商人ちゃんがどこへ向かったかにもよるわね」
「…あ、枝のこと忘れてた」
「おいおい、大事なこと忘れんなよ」

 短剣の手入れをしていたカミュが顔を上げて突っ込む。自分たちの話を聞いていたらしい。確かに忘れてはいけないことだけど、手紙といいさえずりのみつといい、どんどん頼まれごとを引き受けこなそうとしていたらうっかりしてしまう。

「まったくお前は人がいいよな」
「そういうあんただって、結局はイレブンに付き合うくせに」

 今度はベロニカが話に突っ込んできて、カミュは痛いところを突かれたような顔をした。イレブンはこれまた確かに、と頷く。目的までまっすぐに進もうとする、というか進ませようとするカミュだが、何やかんや言いながらもイレブンのワガママのようなものに付き合ってくれるのだ。

「…るせっ、悪いかよ」
「あら、悪いなんて一言も言ってないわよ。ねえイレブン」
「え、あ、うん! すごく有り難いよ」
「ですって、よかったわね」

 ふふん、と勝ち誇ったように笑うベロニカに対して、カミュは視線を逸らして頭をかいた。どうしてそんな面白くなさそうなんだろうと思っていたら、「カミュちゃんたら照れてるのね」とシルビアに耳打ちされた。そうなのかな。わからないけれど、昼間に覗かせていたような表情はもうしておらず、いつものカミュだったのでイレブンはこっそりとホッとしている。

 ふとそのとき、本を読んでいたセーニャが大きなあくびをした。無意識だったようで、恥ずかしそうに慌てて口元を押さえた。

「あんた、眠そうね…」
「す、すみません」
「セーニャ、眠いなら眠っても大丈夫だよ」
「今日は歩き通しだったしな」

 セーニャが今手にしているものは、薬学の本だ。さえずりのみつの調合方法は覚えているが念のため復習するといって、夕食後からずっと集中した様子で目を通していた。あの子のノドをきちんと治してあげたいですから、という彼女の優しさが、そのまま回復魔力の高さにつながるのだろうな、とイレブンはそう思っている。魔法に詳しくはないけれど。その本をちらっと覗き込んで、文字と数字の羅列を見ているだけで頭痛くなりそう、とカミュと一緒に言い合ったりするぐらいには。

 とかくあの少年のためとはいえ、代わりに彼女が倒れてはたまらないので口々に休んでいいと声をかけるが、セーニャはでも、と本から手を離さない。

「そんな根詰めても仕方ないでしょ」
「そうよセーニャちゃん。頑張るのはいいことだけれど、相手を笑顔にするにはまずは自分が笑顔になることからよ!」
「それもちょっと違うんじゃねえか…?」
「あら違わないわよ。ヤヒムちゃんだってセーニャちゃんが倒れちゃったら悲しむわ。もちろんアタシたちもね」
「…ふふ、では休ませて頂きますね。ありがとうございます皆さま」

 そう言って立ち上がるセーニャに、あたしも眠るわ、とベロニカも続き、二人でテントの中に入っていった。


 荷物のチェックは終わったがイレブンはまだ何となく眠る気になれず、このキャンプ地を囲む岩の向こう側にある海をぼうっと眺めていた。明日にはあの大海原に出ているだろうか。

「それにしても、サマディーのときからなかなかスムーズにいかねえなあ」

 カミュの声が耳に入り、視線を向けた。たき火に薪をくべるカミュの顔は苦い。虹色の枝のことをいっているのだとすぐにわかり、イレブンも苦笑した。

「あら、上手くいかない方が旅は楽しいわよ」
「つっても、限度があるだろ。なあイレブン」
「うーん…カミュの言うこともわかるし、でもシルビアの言うとおり、楽しいとも思う、よ」
「…マジか」

 見知らぬ国や町。食べたことのない料理、かいだことのない匂い、触れたことのない文化。火山地帯から砂漠、そして湿原、くるくると変わりゆく見たことのない景色。幼い頃に祖父の旅の話を膝の上で聞いていたときよりも、ずっと刺激的な旅だ。

 故郷のことを忘れたことはない。首元で煌めく翡翠、鞄の中にきちんと入れているお守り、二通の手紙に青い石。悪魔の子という汚名。勇者の使命。今なお胸に重くのしかかる。

 それでも、こうして増えた仲間たちと一緒にいることが、賑やかな空間が、イレブンは自然に笑みを浮かべられるほどに、とても楽しかったのだ。

「そうよイレブンちゃん、その意気でコンテストも楽しみましょうねっ」
「…おいおい、マジで見る気なのかおっさん…」
「当然よん。時間があれば参加したいぐらいだわ」
「ふふ、シルビアが出たらすごく注目されそうだね」
「せめて見るだけにしてくれ…」

 カミュは乗り気ではないが、実はイレブンも少しわくわくしている。サマディーでのレースと違って自分が参加するわけでもないお祭りは単純に楽しそうだし、そのあと予定している船旅もどんなものなのか、想像つかなくて。

「あら、カミュちゃんやイレブンちゃんだって、出ればいい線いくわよきっと」
「出られるかよ、んなもん。だってオレたちは…」
「え?」
「…いや、何でもない」


 だからきっと、言ってしまえば自分は浮かれていたのだと思う。
 仲間たちのおかげで緩み始めた心が、悪い方に作用した。
 あんなことが起こるなんて、まるで予想していなかったのだ。




190308

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