胸に残る一番星 | ナノ

  Samady Ball Run


 賑わう人々の向こう側で、長身の男性が華麗に短剣をさばき、球を操り、火を吹き、花や鳥を出し、多種多様な芸を見せている。ベロニカとセーニャは二人で顔を合わせきゃあきゃあと声を上げ、意外にカミュも楽しげに眺めていた。イレブンは、というと先ほどこの国の王子から頼まれたことで頭がいっぱいである。

 
 城下町で耳にすることはなかったが、サマディーの城の中ではすでに悪魔の子≠フお触れが回っていて青ざめたものだ。素性をバラさないように事を進めるしかない、しかし一介の旅人が虹色の枝―もとい国宝を求めていると言ったところで、むざむざ差し出すとは思えない。とりあえず話だけでも聞いてもらおう、と王座へと向かったのだが、当の王さまは今度の馬レースのことでいっぱいのようで取り合ってくれなかった。代わりにファーリス王子の方がイレブンに目をつけ、虹色の枝と引き換えにレースで影武者になってほしいと条件を出してきたのだった。

 馬に乗ったことは何度だってあるが、誰かと速さを競いあったことなど穏やかな村で育ったイレブンには当然ない。強いて言うならデルカダール兵らに追いかけられたときぐらいである。そんな自分にレースなんて、それも王子の替え玉としてなど、出来るものだろうか。

 ひときわ高い歓声がこの大きなサーカステント内に響く。平素であれば楽しめたかもしれないのに、華やかな光景は目に映るだけで心には入ってこない。大勢いるのに自分ひとり取り残されたようだ。

 ふとテーブルの上にある酒瓶に気付く。そういえば去り際によかったら、とあの王子が置いていったような気がする。そっと伸ばした手は、…酒瓶に触れることはなかった。横から盗まれてしまったからである。

「…え、カミュ?」
「…んー、…ああ、こいつは飲まない方がいいだろうな。度数が高い」

 お前酒強くないんだろ、と制されてしまった。強くないというか、成人になった日の夜に少し口にしただけで、飲んだ経験自体がほとんどない。

「じゃあなおさら止めとけ」
「カミュはそれ飲んだことあるの?」
「ねえけど、においだけでもやばそうだぜ。王子の手土産だけあって上物なんだろうが、惜しかったな」
「…でも僕、いまは酔っぱらいたい気分だよ…」

 強いならその方がいいかも、とイレブンが冗談半分で呟くと、しげしげと酒瓶を見回していた手をぴたりと止めてカミュがこちらに向き合った。

「やめとけ。酒に溺れたっていいことは何もないぜ」

 強い口調に思わず怯む。別にイレブンは本気で飲みたいわけではなかったが、そんな風に真面目に受け取られるとは思ってもなかった。カミュはきっと今のイレブンの心境を慮ったうえで、その行動はよくないと忠告しているのだ。

「…ごめん」
 自分で引き受けたことに対して弱腰になるなんて、この国の騎士道ではないけれど恥ずかしいことである。素直に反省するイレブンにカミュは苦い顔をした。

「あー、いや、…まあ、軽く飲むぐらいだったら、多少は気晴らしになるだろうしな…。サーカスはまだ途中みてえだが、抜け出して飲みに行くか?」
「ええっ、い、いいよ」
「何でだよ。さっきはああ言っちまったが…適量ならいいだろ、うん」

 カミュは勝手に納得して今にも立ち上がりそうだが、イレブンはぶんぶん首を振って拒否の姿勢を示した。興味はあるけど、カミュと飲んでみたい気持ちもあるけれど、今ではない。

「いいから、ほんと。それよりほら休憩終わったからまた始まるよ」
「…でもお前、サーカスどころじゃないんだろ?」
「僕は…そうだけど、でもカミュは楽しんでたじゃないか」

 自分のために、せっかくのこの場を立ち去らせたくない。入る前は渋々といった感じだったのに、サーカスが始まれば物珍しそうに、ほんのちょっとだけ子どものような目をして見ていたのを知っているイレブンとしては、絶対したくなかった。お酒など二の次三の次である。そもそもこうしてカミュと話していれば自然と緊張も解けていったので、不要だ。と説明すればカミュは目を瞬かせて、それから片手で顔を覆って、はあとため息をつく。

「なら、枝を手に入れたら飲みに行くか」
「うん! …手に入れられるかはわからないけど、僕頑張るよ」
「お前なら出来るさ。ま、仮にダメだったらオレが盗んできてやるよ」
「…っだ、だめだよそんなの…!」

 軽い調子のカミュにイレブンはまた大きく首を振ることになった。隣の席のベロニカから「アンタたちちょっと静かにしなさいよ」と言わんばかりの視線が先ほどからちらちらと突き刺さってくるが、落ち着いてはいられない。

「大丈夫だって、この国は正直デルカダールよりチョロそうだしな」
「そういう問題じゃないよ…! 君はもう、盗賊じゃなくて僕の相棒でしょ!」

 結局声を張ってしまい、セーニャが驚いたようにこちらに顔を向け、ベロニカは案の定睨まれてしまった。ごめん気にしないで、と小さく謝れば姉妹は黙って視線を戻した。

「…とにかく、だめ。明日は僕がレース頑張るの、応援してよ」

 直前になればまた緊張で息苦しくなるだろうけど。恐らくはあの王子様がいつも味わっているのであろうプレッシャーを味わうことになるだろうけど。世界にたった三人だけの、イレブンを応援してくれる仲間たちがいるなら、きっと。
 カミュはしばらく呆けた顔をして、それから目を伏せて、にやりと笑った。

「それじゃあ頼むぜ、…相棒」
「うん!」

 ー僕は駆け出せる。





190202

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