胸に残る一番星 | ナノ

  チカラの源


 血のにおいが混じった冷たい空気が流れ込む神殿で、イレブンは静かに手を合わせた。すでに事切れている様子のデルカダール兵士らに対して、何かをしてやる余裕も義理もない。むしろ彼らが必死に守っていただろうレッドオーブを今から自分たちは取りに行くのだから、こんな行為はおかしなものかもしれないけれど。祈るイレブンに付き合うことはないが、咎めることもしなかったカミュは行くぞ、とだけ言った。
 
 階段を降りてからも、何人か倒れている兵士を見かけ、例外はなく息はなかった。一人の兵士が床に残した血文字を見るに、恐らくオーブを狙った何者かの犯行なのだろう。いったい誰が、何のために。背筋が冷たくなる。

「イレブン、祈るのは勝手だがあんま見んなよ」
「うん…」
「それにしても、何だって魔物なんかに襲われてるんだろうな…中にもうようよいやがるし」
「あれは、魔物の仕業なの…?」

 一部の床が大きく崩れて通れなくなっていたり、あちらこちらに魔物がうろついていて、とても一国の神殿とは思えないありさまだ。しかし大国デルカダールの兵士たるものが、あんな風にやられてしまうものだろうか。

「あいつらの傷跡からしてそうだろうな。…どうする、イレブン」
「え?」
「恐らくこの先にいるヤツは、ここに来るまで戦ってきた魔物とは違うぜ」

 何が起こっているかも、何が起こるかもわからないこの先に、ついてくるかとカミュは問う。裏を返せば、今ここでイレブンだけ引き返しても構わない、ということだろうか。思わずカッとなる。

「…何で」
「うん?」
「君が、手伝ってくれって言ったのに、何でそんなこと、言うんだよ…」

 出会ってから初めて彼に怒り、のようなものを感じたかもしれない。語尾は情けなく震えてしまったけれど。

「そうだな。だが、予想以上にここは危険がデカそうだし、お前にはメリットがないだろ」
「そんなのっカミュだってそうだったじゃないか…!」

 無事を祈ったものの敵が待ち構えているかもしれない故郷の村へ、ついてきてくれた。そうして茫然自失となったイレブンを、引っ張ってきてくれた。心の整理はまだつかなくても、カミュに対して大きく恩を感じているのは確かだった。せめて今、自分にできることをしようと、何かしら彼のチカラになれたらと思っていたのに。もしやイレブンでは力不足だと暗に言っているのだろうか。

「…足手まといかもしれなくても、僕は、君と一緒に行くよ」

 恐怖はもちろんあるが、危険ならばなおさら彼ひとりで行かせるものか、と思う。今度はハッキリとした声でそう告げた。

「そうか」
 腕を組みながら気難しそうにしていたカミュの顔がゆるむ。それから続いた言葉にイレブンは唖然とした。

「お前なら、そう言うと思ってたぜ」
「…えっ!? まさかカミュ、試してたの…?」
「まさか。ちょっと聞いてみただけさ。…気を悪くしたなら、悪かった」
「…も、もう…僕、すごく焦ったんだけど…」

 イレブンの意思を本当は確認するまでもなかったと、つまりは信じてくれていたというわけで、それは嬉しい。が、思わず声を荒げてしまったことが恥ずかしくなってきた。

「悪かったって。ありがとな、イレブン。行こうぜ」

 再び階段を降りていくカミュは、ああそれから、と背を向けたまま言った。
 お前が足手まといなんて思ったことはないからな、と。

 イレブンは、自分はこんな単純な人間だったろうかと自分で呆れるほど、ようしやってやるぞという気持ちになった。故郷を奪われてからようやく、少しだけ自分を取り戻したような気がする。どこからかみなぎってくるチカラの源は、きっと前を行くあの背中なのだ。



181123

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