胸に残る一番星 | ナノ

  ほんのかすかな明かりを


 だだっ広い平野の向こうに、建造物が見えてきた。恐らくあれがデルカダール神殿だ。そこに奉られているであろうレッドオーブを取ることが、ひとまずの目的だ。そのあとは、祖父の手紙に書かれていた旅のほこらなるものを目指す。
 その先には果たして何があるのか、何を成すべきなのか、などと、考えられる余裕は今のイレブンにはなかったし、あまり考えたくもなかった。行くぞ、と先を促す同行者についていくことにただ集中した。
 しかし、体力も精神力も限界に達しつつあるのかもしれない。魔物から不意の一撃が頬をかすめ、フードが脱げて、ハラリと髪の毛が落ちていく。気にせずすぐに体勢を立て直し、剣を振りかざした。

「イレブン、大丈夫か?」
「…何とか」
「神殿までもうちょいだが、今日はもう休むか。幸いあっちに女神像もあることだしな」

 気づけば日は暮れかけていて、オレンジがあたりを染めている。イレブンは同行者の申し出に頷く。本当は、疲れていても進みたい。体を動かしている方が、魔物と戦っている方が、気が楽だ。自分だけであれば無理にでも進んでいただろう。休息を取る判断は、もう一人の存在があればこそだった。まだ不慣れな自分を庇い、導き、周りに気を張りながら前を進む彼は、もっと疲れているのだろうから。

 変わり果てた故郷を見てから、イレブンはあまり脳が働いていない。否、働かせないようにしている。自分のこと、家族のこと、この身に降りかかった出来事も置かれている立場も、考え出したら二度と動けなくなってしまいそうで。だから自分のことは考えずに、同行者のことをひたすら考えていた。それは思いやりや優しさというよりは、逃避に近いものだ。
 成り行きで共にしているこの男のことは、ここ数日間で少しだけわかったつもりでいたが、まだまだ謎だらけだ。なぜ、イレブンの腕を引っ張りながら前を歩くのだろう。どうして、率先してホイミをかけるとむしろ怒るのだろう。
 ――何で、君は僕と一緒にいてくれるの。
 

「イレブン」
「え?」
「髪、ちょっと変になってるな」
「…ああ、さっきやられたから…」
「切ってやろうか?」
「何を?」
「髪」

 旅商人から買った肉とその辺の木で採った実を雑に煮込んだ夕食を済ませ、ぼんやりとしていたら向かいの丸太に座る彼に声をかけられた。

「別にいいよ、身なりなんて気にしてる場合じゃないし」
 その唐突で意外な申し出に驚きつつ断ると、
「別に、時間も労力もかかるものじゃねえよ」
 と言ってこちらに向かってきた。そのまま隣に座られる。左手には彼の愛用の短剣が握られていて、了承していないのに事を進めるようだ。まあいいか、と大人しくすることにした。
「どう整えるとするかな」と髪をいじられ、何ともふしぎな気分になる。それはまるで宝物に触れるような慎重さと、家族の手つきをを思い起こさせる、やさしい触れ方だった。

「……」
「どうした」
「……母さんやおじいちゃん以外に切ってもらったことなかったから、変な感じだなって」
「嫌か?」
「ううん」

 それは喪ったもの、自分のせいで失われたものだと、もう返ってこないものだと思っていた。ぐ、っと、込み上げてくるものが、ある。どうして彼は、そんなにも。

「…なあイレブン、オレの髪も切ってくれないか」
「…えっ?」
「牢屋に入ってたからオレも変な風に伸びてるんだよな、だからお前に頼もうと思って」
「いや、でも僕、君と違ってきようさ低いよ…?」
「まあおまえ短剣使えないもんな。あんな大剣は振り回せるのに」
「…そうだよ、だから、…ダメだよ」
「そっか。ほら、出来たぜ」
「え?」

 いつの間にか終わっていたようだ。イレブンの肩に落ちた髪の毛を払いながら、「ん、かっこいい」などと彼は言う。確かに身なりなんて気にしてる場合じゃないが、かっこよくして損はないんじゃないか、なあ勇者さま、と笑う。

 悪魔の子と呼ばれ追われ、不用意にもらした故郷は無慈悲に焼き払われてしまった。深い後悔と、痛みと、郷愁の念。ここ数日は我ながらひどい顔をしているだろう。何故このようなことが起こったのか、自分の使命は何なのか、祖父の手紙にあったように知らなければならない、とは思えど……すぐに前を向けるほど、イレブンは強くなかった。ともすれば、祖父の言いつけを無視してすべてを恨んでしまいそうだった。
 
 おじいちゃん。
 故郷で見た過去は、ナプガーナ密林でのそれと違って村人とやり取りを交わすことができた。そうして本来であれば二度と会えないはずの、死別した祖父のテオが、昔と変わらず釣り場にいたのを見た瞬間に、イレブンは思わず涙ぐんでしまった。

 ねえおじいちゃん。僕、勇者っていうのをよくわかってなくて、ただおじいちゃんみたいに世界を旅することができると思ってわくわくしていたんだ。それなのに、いきなり牢屋に入れられて、追われることになって、わけがわからなかったよ。

「つらいめに合わせてしまったようじゃの」
 そう言って目を伏せたテオに、それでもイレブンは首を振った。

 おじいちゃんのせいじゃないし、それにつらいだけじゃなかったよ。僕を助けてくれたひとがいたんだ。そのひとはね、僕と同じ牢屋に入れられていたんだけど、全然悪いひとには見えないんだ。一緒に牢屋を抜け出して、ここに来るまでもいろいろあったけど、彼がいたから戻ってこれたんだよ。

 本当はもっと詳細に語りたかったし、彼のことを祖父にも紹介したかった。この夢物語は長くは続かないと、直感で理解していても。

「そうかそうか、おまえさんは今一人じゃないんじゃな。それなら良かった」
 テオが笑う。忘れたことなどない、イレブンが大好きだったやさしい笑顔だ。
「旅は道連れ世は情けじゃ。イレブン、そのひとを大切にするんだよ」
 

 言われなくても、初めてできた歳が近い同性の友人を、イレブンなりに大切にしたいと思っていた。例え彼が、自分を助けてくれる理由がわからなくても構わないと。
 今となっては自分にそんな価値などないと、周りに災厄を振りまくそれこそ悪魔の子なのではないかと、という懸念が頭から離れない。もしかしたらこの先自分と共にすることで、彼も危険な目に合わせることにならないか。そんな不安に、彼自身は駆られていないだろうか。
 しかし彼の態度は特別変わることはなかった。見捨てることはせず、へたな慰めもなく、ただ情けない顔をしたイレブンを瞳に映し、他愛無いやり取りをし、穏やかに笑い、やさしく髪に触れた。
 
 なぜ、こんな自分を信じてくれるのか。
 なぜ、笑いかけてくれるのか。
 なぜ、勇者と呼ぶのか。
 
「……カミュ」
「うん?」

 理由はわからなくても、ただ今は、彼のそばでだけ呼吸ができる。

「ありがとう」
「おうよ」

 全てを奪われたわけではないのだと、思うことができる。今はほんのかすかな明かりを見失わずに歩いていきたい。彼と、一緒に。




180129
181018(リメイク)

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